物理で切り拓く

 「便利そうだ、出来ればで良いのだがそれも見せて欲しい!」

 我らがモラン商会の会長が副会長に向けて手紙を送った際に自称そこそこ天才が目を輝かせながら放ったセリフだった。

 シェリー君は快諾していたが、そもそも彼女の性格上あの期待に満ちた表情を撥ね退ける事は出来ない。

 向こうもそれを承知だというのに……好奇心を優先させたな。それだけ手紙の術式に興味を持った訳だ。

 「成程成程成程……紙に術式を付与し、その術式も単純化して目的地までの飛行と形状偽装にのみ割り振った訳か。

 これならば確かに、重量自体は紙一枚分でそこそこの距離を飛べる。余程重要な機密でも無い限りはこれがあれば遠隔地との連絡は十分か……。」

 今のところ、本気で撃墜を狙われると成す術が無い。だからこそ他の飛行に特化した形状ではなく敢えて生物の形を模して怪しまれない様にしている。

 加えて、手紙の内容は見られても構わない様に、当たり障りのない文章で、送り手と受け手だけが把握出来る様にしてある。

 自称そこそこ天才の魔道具の様に視覚情報の遠隔共有や声を届ける事は出来ないが、制作コスト面や魔力の面ではこちらに軍配が上がる。

 「知り合いの商会の会長様に依頼致しました。興味は持って頂けると思うので、数日で人材と物資は届くと思われます。」

 腕の良い商人、以前手に入れたというサンドワーム、建築一通りが可能なモラン商会の建築部門の精鋭。

 準備段階で外部から持ってくるべきものはそれくらいだ。

 「では、後はこちら側で用意するだけか……。」

 自称そこそこ天才が家の壁板に触れると壁が割れ、本来は家の壁に埋まっているべきではない金属製の装置が顔を出した。

 正方形の金属板。それの周囲には幾つかの配線と石が嵌め込まれ、中心部分は成人男性の手形の形に緩やかに凹んでいた。

 「こっちで用意って……この村にそんな用意出来るような物なんて無いでしょ?

 キノコと、やたら頑丈で使い勝手の悪い木くらいしか無いよ。」

 「オーイさん、琥珀もありますよ。」

 「いや、あれは役に立たないから……」

 少女二人がワイワイと話す最中、自称そこそこ天才は装置の手形に手を当てて動かずにいた。

 そうして暫くした後、変化は現れた。

 地面が揺れて家が動き出した。しかし、それだけではない。

 「え?ちょ?何何何?」

 床下から黒光りする金属の塊が幾つも現れた。それらには幾つもの配線が繋がり、脈打つ様に振動していた。

 「先ずは道を切り拓く。

 音は最小限に、街道側から始めるから気付かれる事は無いだろうが、オーイ君、君は村長に帰宅後その旨を伝えておいてくれ。」

 少しだけ真剣に、これだけの物を造り上げた発明家に相応しい眼光がそこにはあった。


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