淑女の在り方

 天井から溶岩が流れ落ちた細工は単純明快。カナンに気付かれぬ様に遠隔操作で発動出来る術式を仕掛けておいただけ。

 威力こそあるものの、『ただただ高温を発生させる』・『任意のタイミングで遠隔操作する』というシンプルな仕組み故に単純明快。


 対して淑女が灼熱地獄の中で生きていた理由は単純とは言えない。

 本来、高温の物質や炎に曝された時、単純な『気流操作』だけでは凌ぐ事は出来ない。

 炎や高温の物体を強風で吹き飛ばして熱源が直接襲い掛からない安全地帯を作れたとしても、吹き飛ばした風は『熱』まで吹き飛ばす事は出来ない。

 岩が熔け落ちる様な高温ともなれば、全身が周囲の熱源によって炙られ、文字通り焼き肉にされる。気流操作が成されていたとしても、途中で体の中まで焼けて死に、気流は霧散して最後には溶岩に呑まれる。

 そんな・・・事、淑女は百も承知。だから淑女は天井が燃えた瞬間に『気流操作』を使って幾つかの事を行った。


 先ず、灼熱地獄を消すまでに二人の人間が生存するのに必要な空気を周囲が高温になる前に集めたこと。

 そして真空地帯を作ったこと。

 最後に頭から降り注ぐ溶岩を吹き飛ばす気流を生み出したこと。


 外側には溶岩と炎を通さない風の障壁。

 内側には生存に必要な空気のドーム。

 そしてドームと障壁の間に内と外を隔てる真空の層を作った。


 『気流操作』とは魔力を使って気体に運動エネルギーを与えて強風を生み出す事が出来る魔法である。そして、空気の性質に干渉して気体の濃度や温度、応用して気圧まで操作出来る魔法でもある。使い方は多岐に渡る魔法と言えるだろう。

 そして自由度は高いがその分使用者の技量に左右される魔法とも言える。

 これらの技能を高精度で行い、灼熱地獄を潜り抜けた淑女見たある者は称賛し、ある者は驚愕し、ある者は何故こんな事が出来るのかと首を傾げるだろう。

 そして、それに対する淑女の解は何時だって一つ。明瞭で、明確で、明らかに詳らかに彼女の性質を表していた。

 『淑女たるものこれしきは出来て当然です。賞賛も驚愕も疑問も必要はありません。』




 「どうやって消した⁉今何をした⁉カナン、裏切ったお前は諸共問答無用で即刻斬り殺す!」

 狂気全開。会話や対話が出来そうで出来ていない支離滅裂な宣言。両手の刀は握り潰される程度に握り締められて何時でも斬り殺せると言わんばかりの形相……否、実際に殺意の言葉を口走っていた。

 「高温にする術式。これ自体は非常に強力なものです。ですが強力にした事で術式自体が非常に単調なものとなっています。

 勿論、この高温の中で冷静に術式に干渉する・・・・事は魔法の基礎とは言えませんが、淑女であれば、基本として出来て当然です。」

 殺意を向けられても淡々とした、毅然とした、厳格なその姿勢は変わっていない。

 地面と背筋が描くものは直角で、相手の事を臆する事無く真っ直ぐに見ている。

 「何を言ってる⁉」

 最早限界。狂戦士は猛り狂って殺しを遂行すべく突進した。

 二刀を構えて真っ直ぐ淑女へと迫る。それでもなお、淑女の態度は一切変わらない。

 「来なさい。淑女の在り方を教えて差し上げましょう。」

 向けられる殺意がそよ風にも満たぬとばかりに、真っ直ぐに狂戦士に向かう淑女の口からそんな言葉が聞こえた。

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