会話と名付け議論
椅子に付いて、改めて会話を始める。
「ここはスバテラ村です。聞いた覚えはありますか?」
一度目を瞑り、眉の間に少しだけ歪みを作った。
「あり………ますね。確か大きな街道の間にあってお化け騒ぎで打撃を受けていたかと……。この病院なり診療所なりのある場所……でしょうか?」
「えぇ、その通りです。貴方の言う通りここはスバテラ村。そしてこの建物は唯一の診療所です。
先程食事を用意していたのはこの診療所の医師、ドクジーさんです。」
ホッとした様に息を吐いて、言葉を返す。
「成程、作用でしたか。彼はドクジーさん。では、貴女方は娘さん…お孫さんですか?」
シェリー君と孫娘を手で示し、老医と二人の年齢差を考えて言い直す。
「いいえ、彼女はこの村の村長のお孫さん、オーイさんです。
そして、私は今、学園の課題でここに来ているモリアーティーと申します。名乗るのが遅れて申し訳ありません。」
「いいえ、とんでもない。こちらこそ、名乗る名前が思い出せずに申し訳ない。」
頭を下げているが、男の受け答えの内容から視線の動き、体の細かな動きまで観察は止めない。緊張させないようにメモは取らない。
シェリー君は身元不詳の男と机を挟んで向かい合っている。
老医師は男の寝ていたベッドの部屋を掃除している。
孫娘はシェリー君の左側、少し離れた場所に陣取って静かに座っている。
「……仮の、仮の名前を何か決めていた方が良いですかね?」
自信の無い生徒が挙手をする様に、こちらの様子を窺いながらそんな提案をして来た。
「そうですね、貴方の名前……現状、短期間でも貴方を呼ぶ仮の名前があった方が便利ですね。」
「じゃぁ、お二人とも、協力して頂いてもよろしいですか?」
男は少し離れた孫娘の顔も見て手招きをした。
「…私、名付けとか下手な方だけど、大丈夫です?」
「大丈夫ですよ、仮の名前なんですから。少し位冒険する位が覚えやすくて丁度良いかと。
それに、本名を思い出したらその時は本名を名乗れば良いのです。無責任で、ぬいぐるみのクマやネコに名付ける様に考えて下さい。」
「…ぬいぐるみなんて買って貰ったの、何年も前で覚えてないですけど、やってみようかな?」
「名前、名前、名前ですか………」
「あぁ、そんな思い詰めないで下さい、えぇっと、モリアーティーさん。」
シェリー君は有名な難問を目前に、果敢に挑む学者の様な真剣そのものの表情であった。
「いえいえ、仮とは言っても、それまでの間呼ばれる名前です。
発音の面から呼び易く、他の方や物事と混同し辛く、良い名前だと思って頂ける様なものの方が良くはありませんか?」
当初の目的は森の情報を僅かでも得られればという話であったのだが、それどころでは無くなった。
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