異常識の結果は

 シェリー君は既にH.T.で完全武装済み。

 相手の姿は見えないが、こちらに気付いている様子は無い。対してこちらは何時でも襲撃出来る状態。

 木の上に立ちつつ、見えない水の上の相手に目を凝らし、すぐさま不意打ちをするかと思いきや……黙って考え始めた。


 さて……どうするのか?

 私なら地面をH.T.で掬って土を両手に取る。それをばら撒いて相手の中核部分を確認して最速最短最大威力で不意打ちをする。

 でなければ、相手の装甲は二重になっており、破壊された表側の装甲は取り外し可能、おまけに内部の装甲にも透明化が施されており、昨日は内部装甲の強度は未確認であることから、同じく取り外し可能だが装甲が二重になっていない足を全て破壊し尽くして交渉を開始する。あの術式を使わずとも足全てを破壊するのは時間の問題。そうでなければ中核部分の装甲を中身が壊れるまで殴れば良い。それでもダメなら……H.T.で術式を使い、装甲を両断する方法もある。 手は幾らでもあり、どうにでもなる。

 思考は巡る。透明な、しかし全容が見えているカラクリが脳内で幾度も壊れ、その度に直し、また壊す。

 が、ジェームズモリアーティーとシェリー=モリアーティーは根本から違っていた。


 考え、目の前の見えない光景に目を凝らし、そして息をゆっくりと吐く。

 そうして意を決し、先ず木から飛び降りた・・・・・

 そのまま走ろうともせず、H.T.を伸ばす様子も無く、見えない相手に向かい、ただただ、知り合いに声でも掛けるように、礼儀正しく人に挨拶をする様に、ゆっくりと近付いていく。

 水面に複数の波紋が起きて波打つ。先程の妙な波紋があちこちで起こっている事から複数の脚部が稼働し始めているのが解る。

 それに対して慌てず騒がず、しかし警戒も怠らず、水際まで歩き、止まった。

 「お約束も無くお邪魔してしまい、大変申し訳ありません。

 私はシェリー=モリアーティー。アールブルー学園より参りました。お忙しいとは思いますが、どうか、お話を聞いても宜しいでしょうか?」

 この場においては異様としか思えない、正気を疑う極限状況下での淑女としての礼儀正しい常識的な所作。優雅にお辞儀をして、正面から堂々と声をかけた。

 常識とは、常識の領域で行われるからこそ常識足り得る。非常識の領域で行われる常識とはどんな狂人の狂行も霞む異常行動、狂気だ。

 非常識な場所で常識的にお辞儀や挨拶をするのは当然後者である。


 お辞儀の姿勢を崩さないシェリー君を余所に、見えない相手は矛盾する波紋を幾つも生み出し、地面にその足の痕跡を刻み込む。

 そして……



 「やぁお嬢さん!そんなところに居ては危険・・だ。

 こちらに来ると良いだろう。お茶くらいなら出そう。」

 何も無い所から人間の首が現れ、それが喋った。

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