副会長は新人を慮る

 イタバッサには店舗業務を任せた。これに関してはこれ以上の適任はない。

 元々大商会で人を動かし、自分を動かし、こことは文字通り桁違いの額の商品と金を動かしていた手腕をここで振るうのは、ハッキリ言って役不足だ。

 『一度死んで初心に戻り、ゼロからやっていきます。といっても、私の持つ商人の全てを使って取り組んでいきます。出し惜しみなどいたしません。』

 その言葉に嘘偽りが無い事は上がってくる数字が物語っている。具体的には平均で純粋な利益が1.5倍になっている。

 今までのこの商会は相当上手く回っていると思っていた。

 実際、新規の、何処の馬の骨とも分からない胡散臭い商会だというのに立派な建物を貰い、人から商品を託されて、対等な商売をしていた。上手く行き過ぎている位だ。

 が、その上手く行き過ぎていた今までが人間の歩みだとするならば、今は力ある騎士の名馬が駆けている様だ。

 今まで以上に上手くいく。今まで上手くいっていなかった部分が円滑に運んでいく。

 本人はそこまで自分の商才は無いと言っていたが、あれは宝石だ。これからのこの商会がどうなるかは分からないが、もし名前が轟くような事があれば、その一因は奴にあるだろう。

 一つ問題があるとすれば、最近イタバッサが『店長さん』だの『会長さん』だの呼ばれる事だ。

 もう何人も常連が居るし、何なら何時の間にか知らんが、デカい取引を契約に関する非の打ちどころの無い書類込みで三つくらい持ってきてる。



 キリキにも店舗業務を任せている。

 典型的な筋力特化、膂力で全てを解決してきたヤツだと直ぐに分かる。

 が、その筋力が問題だ。というか、それが武器だ。

 商売をした事が無いと言っていた。実際、未だに慣れていないのは明らかだ。が、それでもざっと数人分の仕事をこなしている。

 最初は薬剤やら魔法やらで体を弄ってる事を疑ったが、どうもそうではない。地の肉体が発揮するパフォーマンスだけで慣れない仕事に対応している。

 逃がし屋として今までしくじり無くやってきたのは伊達じゃないといったところだな。

 そして、逃がし屋の頃には一切使われなかったであろう、商売をしている今、真価を発揮している力がある。

 『人柄』

 ブン殴って大人しくさせて問答無用で逃がしてもう二度と会わない関係性の逃がし屋にはほぼ役に立たない力。

 老若男女、店に来る人間に対して朗らかに表裏なく笑いかけるその姿はそれだけで人の警戒心と心の壁をブチ壊す。本人が企みやら策略と無縁で単純明快なのが一番の武器だな、ありゃぁ。

 おばちゃんが『看板娘』と言ってたらしいが、本当だな。

 キリキにも子どもから老人まで顔なじみが出来ているらしい。

 こっちも何時の間にか『長年地元民だった』くらいの勢いで地元コミュニティーと同化していた。

 こっちは多分何も考えずにそこまで来ている。

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