If?:触れ愛74

 救いを求める人間が哀れだったり可哀そうだったりと思うヤツは居るだろう。

 それが慈愛なのか、傲慢なのかは知らない。だが、ここではそう思えない。


 やって来るのは、全身が蜘蛛の巣で絡め捕られた様な模様で輝く奴ら。

 全員目を血走らせて自分より先に居る奴の足を文字通り引っ張り、殴り、蹴り、掴み、誰も彼もが誰よりも速く俺達の元へと辿り着こうと足掻いて殺到する。それはまるで人の津波だ。

 津波はバチャン グチャン ビチャン と音を立てて爆発する。赤く染まる津波はそれでも勢いが衰えない。悲鳴も無い。それどころか次は自分の番だと、誰かの番であってほしいと願いを込めて、死の恐怖から逃げる為に殺到する。

 生きながらもう死んでいる。生にしがみつく亡者だ、あれは。

 よこしまおぞましい猛毒を撒き散らす毒蜘蛛の巣に囚われた亡者だ。

 何もしなければ俺達もああ・・なる。同情や憐憫なんて抱く暇も余裕も無い。

 だからと言ってこいつらを薙ぎ倒せるのか?無理だ。

 確かに、道幅は狭くて相手は何も考えずに接近する事を最優先で動いている。目を瞑っていても当たる良い的だ。

 が、肝心の的を射る矢も弾も無い。飛び道具は持ってない。さっきの術式解除でもう魔力はほとんど無いに等しい。裏技を使えば簡単な魔法一回位なら使えなくもない。が、あれだけの数の人間を仕留めるだけの力はどう足掻いても絞り出せない。

 逃げようにも俺が光っていちゃ直ぐに見つかって逃げ切れない。

 でも助ける、絶対にだ。

 俺を命がけで助けてくれた女をこんな所で殺す訳にはいかない。

 幸い、これだけの数の人間が居ても魔法が飛んでこない。あの中には多分魔法を使える奴は居ないだろう。

 だから、建物の上に逃げられれば当分の時間は稼げる。

 嗚呼、良かった。



 「有難うな、お前の事嫌いじゃなかった」

 覚悟は決まった。伝えたい事は言った。あとはコイツを送り届けるだけ。

 『上昇気流アッパーウィンド

 魔法で飛ばそうとして、未だ発動の準備中の筈の魔法が発動された。

 地面を這って空気が俺の元へ流れ込んでいく。その空気は上へ、上へと流れていき、何かに思い切り頭を叩かれて、頭が揺れる内に俺の体が飛び上がっていく。

 「おい…なんで、なんでだよ?なんでだよ⁉ふざけるなよ!」

 一瞬ふらついて、その隙に体が地面から離れていく。

 赤い人の津波の中心に、俺の好きな相手は座っていた。

 「うまく逃げて。私じゃ、多分、にげられない…から…」

 顔から血の気が無くなって真っ白になっていく。

 藻掻いて手を伸ばそうとしても、届かない。離れていく。どうして!

 「命削って、魔法…使おうとしてた、で。しょ?やめて…………大好きだよ  」

 手を幾ら伸ばしても、離れていく。手を伸ばさずに笑う女に男は何もしてやれない。

 魔力が尽きた時、禁じ手ではあるものの命を削って魔法を使う事が出来る。

 自分の血肉が持つエネルギーを魔力に変えて使うそれは、正に最期の力を振り絞るそれだ。

 「待て!待っ…」

 赤い津波が女に迫り、沈め、波の底で何かが爆発して津波だった肉塊が吹き飛んでいく。




 命が消え、悲鳴が聞こえる街で男の地の底から全てを呪う様な慟哭が響いた。

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