If?:『悪魔』と呼ばれる魔道具職人の最後の悪夢50
「作ってくれてありがとぉ。まぁ、私としては、どっちでも良かったんだけどぉ。」
向う側の声が一方的に聞こえて来る。痛みと血と黒い靄は止む事を知らない。
「あぁ、これは何かってぇ?あなたの考えている通りのモノ……そぉ、これはアナタに依頼したものと全く同じものよぉ。」
目の前の黒い靄の隙間から紫色の衣が揺れ動くのが見える。興味深そうな眼がしゃがみ込んでこちらを覗いている。
半身は削り取られて地面に撒かれ、残る身体も撒かれた血肉で真っ赤に染まり、大量の『痛み』の信号に対応し切れず、目で見てやっと自分が痛みを訴えるべき状態だと気付く様になった。
全身が熱く、その血がそのまま頭に昇っていたさっき迄と比べ、僅かに頭が冷え、冷静になっているのだ。
「アナタは確かに、有名で凄い職人よぉ。でも、作れる数には限りがある。たかが知れている。
でも、アナタが人の1万倍作れたとしても、アナタが万一捕まったらそれでお仕舞いになる体制じゃぁ、ダメなのよねぇ。」
何を言っているんだ?一万倍?捕まる?体制?魔道具の話じゃないのか?
「だから、アナタには宣伝役になって貰う事にしたのぉ。
同じ完成度で作るものなら『有名な魔道具職人が作った魔道具』の方が聞こえが良いからねぇ。
大量生産の体制を整えて、ある程度広められる土台が出来たら『魔道具職人マキナージ=ドリッチ作の魔道具』として売ればいいもの。
このくらいの完成度なら割と簡単だものねぇ。」
大量生産?広める?売る?こんな悪意の塊を売って如何する?何を考えている?
「要は、アナタが完成させる前に、魔道具はとっくに出来ていたのよぉ。
アナタに求めていたのは『アナタの描いた設計図を工房に残す事』・『作った後でアナタが消える事』その二つだけって事。」
赤と黒の嵐の中で微笑む女。胴と頭の感覚しかもう感じ取れない体を向けて睨み付ける。
矢張り俺を見ていたのは人間じゃない。
初めて声を掛けたヤツも、今目の前に居るコイツも、人間の形と偶然よく似ていた化物だ。
殺そう
もう手足は残っていない。ここまで酷いと治癒の魔法で元通りにするのは望み薄しだ。
魔道具がもう既に作られていたとしても、自分が人殺しの道具を作ったのは紛れもない真実だ。
それでも妻と子どもの為に、俺は足掻く。
妻と子どもが笑って暮らせる世界をここから先も、俺が死んだとしても残す。
本当は使うべきではないし、使ってはいけない魔道具を起動させる。
魔道具職人だった俺の最後の意地。最期の意地だ。
血塗れの懐から黒い塊が何の予備動作も無く飛び出し、結界に突き刺さる。
黒い塊は二枚の結界と真空の層を事も無く突き破り、靄の向こうに消えていった。
結界に穴が開いた事で外気が入り込み、統制されていた砂鉄の動きが乱れ、風穴から外へ砂鉄が漏れ出る。
視界の黒さが薄まり外の様子が見えた。
二重の結界を貫通して魔道具が通った軌道上には、血塗れのショーを観覧していた女の姿が在った。
「あらぁ?」
自分の心臓に風穴が空いた事に気付かない女は不思議そうな声を上げた。
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