If?:徘徊する魔道具職人の最後の悪夢5


 これを開けられるのは自分だけ。

 自身の技術の粋を用いた。

 自分の集めたありとあらゆる知識を結集させた。

 全身全霊をこれにぶつけた。

 それは、自分の生み出したものを守る為の覚悟。と言うだけではなく、自分の大切な人達の命を守る為の覚悟だった。

 自分の積み重ねた全てが悪魔になってかけがえのない皆を脅かさない様に。

 自分の培ってきた全てが天使になって皆の幸せの礎となる様に。

 覚悟で重くなった指を、十二分な実力で振るった。


 だからこそ、は、ここに置いてある。

 失くなる事は無い……筈だった。

 懐から抜き出した後、力を込めて皺だらけにしてしまったソレの皺を伸ばし、折り畳み、石も一緒に一番上、右から二番目の引き出しに入れた。

 確実に憶えている。鮮明に。

 そうしてタンスの鍵を掛け、施錠を確認し、部屋の中に誰も居ない事を確認し、部屋のドアを閉め、更に施錠を確認した。

 「………!?

 ? ? ⁉」

 引き出しを開けると、中身は無だった。

 無い。

 無くなって、いる。

 仕舞ったはずの設計図は影も形も無くなっていた!


 混乱と恐怖、悪寒と戦慄が走る。

 どうやって中に入った?外の扉も手製の鍵。そう簡単に破錠出来る様なモノじゃない。

 どうやってここを開けた?この装置は機密情報用に納品したどんな魔道具より強固で堅牢。壊した痕跡は無い。

 あれが外に出た?作った輩が流出させた場合を除いてアレが出るなんて事、あってはならない。

 誰に渡った?アレを悪意ある人間が手にしたら…たとえ再現できなくとも、一部の技術だけを取り出せれば十二分に凶悪な武器になる。

 どうする?コネクションを使って何処かに調査を頼んだとして、誰の眼にも触れずに回収できたとしても、回収した人間の眼に触れるのは確実。

 「あなた?あなた!?居るんでしょう⁉」

 頭の中で渦を巻いていたものが扉の外からの声とノック音で吹き飛ぶ。

 同時に厭なものが頭の中に更に襲い掛かる。

 何時も、『決して来ない様に。』と言っている筈の妻がここに来た。

 何か尋常ならざる事態が起きた⁉


 「如何したんだい?」

 「ごめんなさい。来ない様に言われてるのは解ってるんだけど、子ども達が外で知らない女の人からこれを渡されたって。『お父さんの落とし物』って渡されたらしいの。

 もし大事なものだったら。と思って…………アナタ、大丈夫⁉顔が真っ青よ!」

 ディアネの声が遠くで聞こえる。

 僕の視線は妻の手の中に在った物に注がれていた。


 「どうしてそれが………。」

 絞り出すような声は妻には聞こえなかったらしい。

 仕舞った筈の、無くなった筈の、例のモノが、妻の手には在った。


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