階下で怒る者

 先ず、あの豚嬢を黙らせるとしよう。

 さぁ……………て。如何しようかね。







 「フン!」

 ベッドにドサリと背中からダイブする。

 ギシリと安物のベッドの足が軋む。

 お父様にねだった敷布団の寝心地は最高。

 雲の上で寝ているかのよう。

 …………でも、ちっとも気持ちが良くない!

 何故かって?決まっているでしょう?

 あの豚がこの天井の上で生活しているからよ!

 私ほどの高貴な令嬢ともあろう者が豚の下で寝るだなんて世の中どうかしてる!

 何故あの薄汚い豚が成績優秀だとかで私の上に立っているの?

 下賤な者がそんな頭脳を持つ訳が無い!そもそも必要など無いのだから!

 不要な才を持つ。そんな事天が許す訳が無いでしょう?


 高貴な者は上へ。

 下賤な者は下へ。


 高貴な者は選ばれた者として搾取し、貪る。

 下賤な者は選ばれなかった者として選ばれた者に搾取される事を光栄に思う。


 選ばれない事は罪!

 搾取さえも出来なければ存在する意味が無い!


 あんな豚、幾ら踏みつけた所でちっとも気が晴れない!

 本当になんでいるの⁉

 さっきは遂に死んだかと思ったのに!

 この前から完全に死んだ目になったからついにやったと思ったのに!!

 何で死んでないのよ⁉

 ああぁァぁぁぁ‼イライラする!

 ベッドの上でのたうつトドが暴れてベッドがギシギシ更に軋む。

 実は、下の階の人間は、このギシギシと軋む音とノッシノッシと歩く音で迷惑していることを、当人以外は誰も知らない。

 イライライライラ!

 あー!アイツの所為で私の最高の美貌が台無しじゃない!

 そう言いつつ、ベッドから起き上がり、机の上の紙袋を漁り始めた。

 彼女が探しているのはお父様からの贈り物。

 定期的に送られてくるそれは監獄中には存在しないもの。禁制の品だった。


 クッキー


 バターと砂糖をふんだんに使ったクッキーであった。

 バリバリモシャモシャ…………

 怒りに満ちた顔でクッキーを味わう。というより、齧る。

 そうだ。このクッキーをアイツの目の前で喰ってやる。というのも手ね。

 豚の残飯にはこんな高貴な、美味なお菓子など存在する訳が無いでしょう。

 目の前で喰ったら零れ落ちたカスに這い寄って来るかも?

 物欲しそうに見るかしら?

 うっかり落としたら、食べるかしら?

 そのまま目の前で捨ててやるのも良いわね…………イヤ、止めましょう。

 豚の前で食べるものでは無いわ。

 あんな豚。目の前に居たらお腹を壊すわ。

 フフフフフそうよ、そんな愚かしい真似。する訳が無いわ。

 わたくしはコション。

 ポーグレット=ホエイ=コション。

 高貴な者。

 美しき者。

 賢き者。

 そんな真似。する訳が無いわ。


 その光景は個室故に誰も見てはいなかったが、誰かが見たとしたら、その印象は何かとても楽しいことを考えている顔であった。

 この場に心を読める者が居なかったことを幸運に思わざるを得ない。

 もし、そんな人間が一連の彼女の心を見たら、人間の醜悪に嫌気が差し、自分が同じ人間だと知って、絶望していたであろう。

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