ライ・コツ・ケ

とある国に高く、美しい山があった。


不死の霊薬を焚いたといわれるこの霊峰の麓には深い深い樹海が広がっている。


生きる意味を失ったものが訪れ、寂しく人生を終える者の中には数奇な運命を辿る者もいる。


深い森の中で宙に浮き、今まさに役目を終えた身体に足音が近づく。

まるでハイエナのような貪欲さで自殺者を見つけ出し、足から根を伸ばす。

木の幹を絞め殺すように巻き上がり、ついに死者の身体に巻き付いたそれは、やがて枝と大地を繋ぐ繭のように膨張していく。

微かに脈打ち、蛍のような儚さで光るツタの球体。

昔の人はそれをワスレマユと呼んだ。


自ら死を望んだ魂と身体を優しく包み込み、不死の大地に息づく巨大なリゾームに取り込まれた彼らは長い夢を見る。

幼少期から始まり、青年期へと順を追って進む記憶の針はいつしか糸が外れ、自分のものではない思い出が入り込み、虚無を埋めるが如くコラージュされていく。

個が公になり、全が一に押し潰されたころ、魂は個を取り繕って森の中で再誕する。


昼に木々とともに光を浴び、夜に樹海をさまようワスレマユの芽は自殺者を追従する。事切れるのを見届けてから、その足元で墓標のように立つと、足から根が張りやがて繭となる。


輪廻を拒むように膨張する死者の繭は増え、夜をさまようワスレマユも数が増すと彼らの歓喜の祭りが始まる。

魂を貯えた彼らは霊峰の洞窟を進み、深く深く潜ってゆく。

その先には高熱と有害な火山ガスに阻まれた、人を寄せ付けない古い祭壇がある。

たどり着いたそれらは、ひとり、またひとりと赤黒い光が漏れる身投げ場へ落ちていく。そのたびに歓喜に振えるように大地が鼓動し、樹海からの解放の儀式が進んでいく。


噴火の歴史は、魂の解放の記録でもある。



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