双刀――4

 「まだ抗うか!」

 峰継が怒鳴った。佐奈井に対して一度もこんな声を出したことはないのに。

 峰継は殴られた手をもう一度手を伸ばしてくる。今度は佐奈井の胸倉を乱暴に掴んだ。引きずり寄せる。

「なぜそう進みたがる? 命を捨てにいくようなものだとなぜわからん」

「香菜実を諦めたくないんだ」

 佐奈井は、峰継の手を掴み返す。片方の手は、慶充の刀を握ったままだった。

「その刀の持ち主に死なれたのが、それほど後ろめたいのか」

 慶充が一乗谷で命を張らなければ、佐奈井は谷を襲った人たちに殺されていただろう。佐奈井は、慶充の命を踏み台にして生き長らえている。だから、慶充に託された刀で、香菜実を守らなければならないと思った。

 でも、慶充は代償を求めるような人ではない。

「あいつに生きて欲しいだけ。慶充は関係ない」

 峰継は、佐奈井を地面に押し倒した。佐奈井は背中に衝撃を受けるが、それでも刀は手放さない。佐奈井は立ち上がろうとした。だが峰継は、掴んだままの胸倉を押しつけてきて、立たせようとしない。

「お前に香菜実が救えるか。殺す覚悟もできていないお前に。進んだところで、慶充のようになるだけだ」

 佐奈井は、峰継の手を引き離そうとする。しかし峰継の手は決して佐奈井を離さない。

「今もそうだ。私を振り切りたいなら、なぜ刀を使わない? この手を切り落とすか、喉を掻き切ればいいだろう」

「父さんを傷つけたくない」

 苦しい中で、佐奈井は声を絞り出す。

「この期に及んで甘いことを言う」

 父の言うとおりなのかもしれない。どこで戦いが起きて、誰が死ぬのかわからない中で、皆そろって生き延びることを望むこと自体、大きすぎる傲慢なのだろう。

 佐奈井は、慶充の刀を手放した。刀は地面に横たわり、高い金属音を響かせる。

 峰継が気を取られた隙に、佐奈井は峰継の刀を掴んだ。峰継の体を横に押し倒す。

 峰継の手が、佐奈井を離した。佐奈井はとっさにその鳩尾を殴りつける。ぐっ、と父がうなった。

 だが、峰継は簡単には諦めない。佐奈井の襟元を苦痛に顔を歪めながら掴もうとしてくる。佐奈井は思い切って、自分の額を峰継の頭に打ちつけた。そして慶充の刀を再び掴む。目は、峰継の右足を見つめていた。佐奈井が普段から心配している、父の弱点。

 ――ごめん。

 佐奈井は、慶充の刀を両手でしっかりと握り、しかし峰継の体を切りつけるのではなく、柄頭で右足を打ちつけた。

 父が古傷の痛みで叫び、両手で、打たれた古傷がかばう。その間にも、佐奈井は立ち上がった。

「絶対、香菜実と一緒に帰ってくるから」

 半分は自分に言い聞かせる。

「佐奈井……待て。行くな」

 峰継が佐奈井に向かって手を伸ばす。だが佐奈井は、峰継に背を向けた。

「園枝さん、父さんをお願い」

「佐奈井、待ちなさい」

 だが佐奈井は、園枝の声に応じなかった。刀をしまって、駆け出す。

「絶対に戻る」

 もう一度、言い残す。止まることはない。

 凍也もまた、遅れて駆け出した。

「兄さん!」

 日向が驚き、声をかける。

「日向、その人たちと一緒にいろ。済んだらすぐに戻る」

 凍也が指示を飛ばした。そしてすぐ、佐奈井に追いつく。

「凍也、やっぱりついてくるのか」

 佐奈井は駆ける足を速める。

「ああ」

 追いかけながら、凍也は言った。

「お前一人で行かせるわけにいかないからだよ」

「日向を見ただろう。あんたを心配している」

「心配かけた分は、後で必ず叱られてやるよ」

 それに、凍也は決めている。一揆に加わろうとする同郷の者たちを守ると。卑劣な行為に走ろうとしたとしても、生かせる者は生かすつもりなのだ。

「お前も、香菜実という娘を助けるまでは絶対に下がらないんだろう」

「そうだよ」

 香菜実を諦めることはできない。誰に止められても、佐奈井はこの先に進むつもりだった。

「だったら、香菜実を助け出して、生きて戻れ」

 佐奈井はほっとするより、重圧を感じた。もし自分の行動のせいで凍也にもしものことがあったら、日向は一人きりだ。たぶん、恨まれるだろう。

「子どものお前が、何でも一人でできると思うなよ」

 凍也だって、自分より少し年上の、まだほんの子どものくせに。佐奈井は駆けながら、悪態をつきかけた。

 二人はそのまま林を抜ける。ちょっとした小高い丘の上に出た。ちょうど、平原を見渡すことができる。周囲の様子を見ようと、二人は立ち止まる。

 そこで見たものに、二人は息を飲んだ。

 平原の南のほうで、何か黒々としたものが揺れている。町一つが埋め尽くされても、なお足りないくらいの広さだった。何万もの人の集団。

「加賀国からの一揆衆だ」

 そして川を隔てた西側には、府中の町と城が見える。城が頼りなく見えた。一揆衆の集団は、府中の城などいつでも落とせるとばかりに、その場に留まっているが。

「急がないと、府中は火の海になるぞ」

 凍也がせかしてくる。

「わかっている」

 二人は、丘を下っていく。

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