第33話「出発」
私の手と足はプルプルと震える。その震えが私の席の机と椅子を、他のクラスメイト達の耳には聞こえない程度に揺らす。私は今、過去最高と言ってもいいほど緊張しているのだ。
「青葉満君」
「はい」
満君が自分の席を立って、石井先生の前へ行く。石井先生が手元の課題テストの束から満君の解答用紙を取り、彼へ手渡す。石井先生は古典担当の教員だから、渡すのは古典の課題テストだ。
「よく頑張ったね」
「ありがとうございます」
満君と石井先生は互いに見つめ合いながら笑う。どうやらなかなかいい点だったようだ。まぁ、優等生の彼なら当然よね。
「えっと、次は……」
石井先生は引き続き生徒を一人ずつ呼び出し、解答用紙を渡していく。渡された生徒達は、それぞれ喜怒哀楽様々な表情を顔に浮かべる。テスト返しほど心を揺さぶられる瞬間はなかなか無いだろう。
「桐山裕介君」
「ふぁい!」
裕介君は元気よく返事し、膝を大きく上げて石井先生の前に躍り出る。石井先生がにこやかに笑う。おや、これは彼もいい点数を取った感じでは?
「はい、追試♪」
「……え?」
いや、そんなことなかった。読めないわね。このクラスでは、30点未満の点数を取った生徒は赤点とし、追試を強制されるという。恐ろしい。私も赤点だったらどうしよう。もしそうだったら……。
「もっと頑張りたまえ」
「ちくしょぉぉぉぉ!!!」
その後も、数人の追試を強制された生徒達が続出しながらも、順調に解答用紙が返却されていった。
「神野真紀さん」
「は、はい!」
とうとう私の番だ。かくかくした足取りで石井先生の元へ向かう。横目で満君の様子を伺う。満君も心配そうに私を見つめ返してきた。冷や汗が止まらない。緊張のあまり、目を閉じてしまう。
満君にたくさん勉強を教えてもらった。テスト本番でも全力を尽くしたものの、若干の不安が残る。彼の優しさを踏みにじってしまうような結果だったら、私……。
「うぅぅ……」
「そんなに身構えることはないよ。ほら」
石井先生から解答用紙を受け取る。触れた手で用紙が湿る。私はゆっくりと目を開ける。
78点
「え……」
見間違いじゃない。赤い字でしっかり78点と書かれていた。私が78点を取ったのだ。見事に赤点回避だ。信じられない。
「なかなかいいスタートをきったね」
「やったぁぁぁ~!!!」
私は万歳した。
私は満君と一緒に家に帰り、解答用紙をママに見せつけた。
「見てママ! 78点よ!」
周りから見れば特別すごい点数ってわけではないけど、私にとってはすごいことなのだ。こんな点数、今まで取ったことない。初めて自分で努力して掴み取った点数ということもあり、歓喜の声が収まらない。
「……やるじゃない」
「それじゃあママ、約束覚えてるわよね?」
「覚えてるわよ。遊園地、楽しんでらっしゃい」
悔しい顔をして歯ぎしりをするママ。実は、私はママと約束をしていた。古典の課題テストでもし赤点を取らなかったら、遊園地に遊びに行ってもいいと。
ドリームアイランドパークのペアチケットをもらった件をママ達に報告した際、ママにダメ出しをされた。過去の人間が大勢いる場で、もし自分の正体が未来人であることがバレたらと、余計な心配をかけてきた。
それでも私は諦め切れず、何度も何度もお願いした。その結果、先程の条件を満たせば遊びにいくことを許可するという話になったのだ。
「やったね満君! 遊園地だよ!」
「そうだね」
満君も一緒に喜んでくれている。優しい。ママをぎゃふんと言わせたこともあって、いい気分だ。私が古典が苦手なのをママは知っている。だからこそ、条件の課題テストの教科を古典にしたのだろう。
だが、私が休みの日に満君に古典の勉強を教えてもらっていたことまでは知らない。日頃から満君の家の掃除ばかりしていて、私のことはそっちのけだったもの。今回は私の完全勝利だ。
「でもいいわね? くれぐれも……」
「はいはい。未来人であることを他の人に知られないように、でしょう? 何度も言われなくても分かってるわよ」
もうこの時代での生活にはいい加減慣れた。こんなところでボロなんて出すわけがない。私は満君と二人きりで、遊園地を楽しむのだ。
「満君、真紀のこと、よろしくね」
「はい……」
「ねぇ! さっそく準備しよ♪」
「あぁ」
出発は次の日曜日。実に楽しみだ。
そして、小説の世界というものは時間があっという間に過ぎていくから、本当に都合がよくて助かる。もう今日は日曜日だ。
「ふふっ♪」
私はいつもよりおしゃれな格好で出かけるのだ。クリーム色のレーストップスに、薄オレンジ色のフレアスカート。遊園地というひたすら動く場所にスカートはどうかと思われるかもしれないけど、せっかくのお出かけだもの。おしゃれしたいでしょ?
「ん~♪」
パパとママが寝床に使っている満君の家の物置部屋で、私はカーテンを開ける。窓からの白い日差しを目一杯浴び、息を吸い込む。一日の始まりは気持ちよくいかなきゃ。
そして、これからもっといいものになるといいな。なんてったって、満君と遊園地だもの!
満君と……
「……」
私は満君からもらったドリームアイランドパークのパンフレットを手に取って開く。細かい説明書きと共に、写真がずらりと載っている。
若者世代の人々がおもいっきり楽めそうなアトラクション、美味しそうなレストランの料理、綺麗で素敵なイルミネーション、楽しむイベントは盛りだくさんだ。
そして、おまけとして添えるかのように、表紙の右上に「カップル必見! 極上のデートスポット」と記されている。そんな小さいフレーズに、私は大きく反応してしまう。
「カップル必見のデートスポット……カップル……///」
意識せずとも頬が染まるのが本当に厄介だ。私が私でないような気分だった。しかし、その気持ちに気づいた後も、満君の前ではいつも通りの姿で居続けた。そもそもの話、こんなことはあってはいけないのだ。私は未来人なのだから。
しかし、あってしまった。今のこの格好だって、絶対満君のことを意識している。馬鹿な私だ。本当に、私は満君のことを……
「真紀~、準備できた?」
「あ、うん! できたよ! 今行く~」
私は鞄を持って部屋を出ていき、階段を下りる。この気持ちは引き続き、隠しておこう。明るみに出たら、本当にまずい。私は引き返せなくなるだろう。
「お待たせ……」
「真紀、その格好……」
厚い白シャツに黒色のジャケット、紺色のチノパンを履いた満君。満君もおしゃれをしてきたようだ。別に異性として私を意識しているわけではないわよね。
でも、認めるわ。すごくカッコいい。今の私、かなりきゅんときてる。さて、私のこの格好、満君は何て言うかしら?
「すごく似合ってるよ、可愛いね」
「ありがと……///」
まぁ満君だし、誉めるわよね。そして、案の定照れる私。何のシナリオよ。
「満君もカッコいいよ」
「あ、うん、ありがとう……///」
満君も照れる。何よ、カッコいいのか可愛いのかはっきりしなさいよ! まぁいいけど。満君のはっきりしないそんなところが好k……結構気に入ってるから。
「ただ……真紀、可愛いけど、遊園地行くのにスカートはちょっと……」
あぁ、惜しいわね満君。服装に文句は言っちゃダメよ。女の子相手だと特にね。
「二人ともすごく似合ってるわ♪ 青春ね~♪」
お母さんと愛さんが、玄関に向かう僕達を見送る。お母さん……なんか僕らより楽しんでないか? とにかく、靴を履こう。
「真紀、あんまり羽目を外さないでよね」
「分かってるってば~」
「満君も、真紀をしっかり見張っててね」
「は、はい」
「私は問題児かっての!」
ひたすら念を押す愛さん。確かに、遊園地は学校より遥かに人が多く集まる場所だ。心配になる気持ちはわかる。だけど、やっぱり純粋に楽しませてあげてもいいんじゃないかと思う。せっかくの遊園地なんだから。
「二人とも、楽しんできてね♪」
その反面、僕のお母さんは完全に僕達を眺めて楽しんでいる。「これから遊園地デートね♪ あなた達、男女カップルみたいで素敵よ💕」みたいなことを思っているのだろう。テレパシー能力がなくても分かるよ。
カップル……か……。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきま~す!」
「行ってらっしゃい♪」
「行ってらっしゃい」
僕は真紀を先に外へ出させ、玄関のドアを閉める。
「……」
そういえば、先程からアレイさんがやけに静かだ。何か考えこんでいるように見える。どうしたのだろう。だが、その顔が見えたのは一瞬だけで、すぐに玄関のドアが閉まって見えなくなった。
「ふぅ……ん? アナタ、どうかした?」
「え? あ、いや、何でもないよ」
何だか……嫌な予感がする。
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