第2話 最弱召喚士、デーモン小娘を召喚する

 女の子が目の前で倒れている。もしかして、大変なことになっているのか。


「一体どこから……?」


 とりあえず女の子に近づき、差し当たって気になる羽根に触れてみることにする。


「ううーん……んんっ……」

「よ、よかった。意識はあるみたいだ。キ、キミ、大丈夫?」


 そんな心配をしながら勝手に羽根を触る自分もどうかしている。背中か腰かは分からない、そんなよく分からない所から羽根が生えている。


 村で見かけるような女の子でもなければ、見せてもらったことがある精霊の類でもなさそうだ。


 何より、羽根を気にしなければ、見た感じ10歳くらいの小さな女の子にも見える。

 雷に驚いてどこからか迷い込んで来たに違いない。


「キミ、キミ……こ、困ったな」


 声をかけても反応を示さなかったせいもあり、羽根に触れながら何度も呼び続けた。


「……キサマ、先程からどこに触れている……」

「えっ……?」

「どこに触れ、何をしているのかと聞いている!」


 声をかけ続けながら女の子の羽根を触り続けていた俺は、気づかないまま全体的に撫でまわしていたようだ。


 使いたてのチュニックのような柔らかさと、程よく弾む触り心地がよかったせいもあるかもしれない。


「あっ、ごめんね。でもよかったよ、気付いたみたいで」

「まさか我をたぶらかすつもりでここへ呼んだのか!?」

「へ?」

「その手を離せ! いつまで触れている! 人間の分際で惑わしの草を使い、我を眠らすなどと、随分と用意周到ではないか! キサマの目的は我をそうするつもりがあってのことか!?」

「ま、待って! 分からないけど、何も用意なんてしてないし、キミみたいな小さな女の子にそんなことをするはずがないよ。いきなり羽根に触っていたことは俺が悪かったよ、ごめんね」


 地面に倒れていた女の子を介抱するどころか、気持ちのよさに負けて羽根を触りまくっていただけに、怒られてしまうのも無理はない。


 たぶらかすだとか、用意周到といった難しい言葉を使うあたり、この子はどこかのお姫さまに違いない。


「……して、我をここへ呼んだ目的を聞かせろ。その答え次第では、一帯を滅することとなる」

「呼んだ? キミをここへ? 確かに俺は召喚士だけど、女の子を呼べるようなスキルは無いし、呼べてもワームのような低級ばかりなんだ。スキルが少しばかり上がっていたとしても、それは不可能だよ」

「ワーム……低級……スキル? まさかこの姿となっているのもこやつに呼ばれたからか?」


 よほどショックだったのか、女の子は何度も首を傾げ頭を抱えているようだ。


「……キサマの名は?」

「俺はライゼル。ライゼル・バリーチェだよ!」


 相手が身分の高い女の子という可能性を考慮して、すぐに自分の名前を名乗った。すると、真っ直ぐな瞳で見つめられたかと思えば、呪文のような言葉をかけられた。


『我を召喚せしライゼル……我の名を与え、キサマを一生飼い殺すことを契ってやる』


「飼い殺しって……え、召喚!? キ、キミを俺が!?」


 耳鳴りが止まらないほどの雷鳴は、さっきよりも鳴り響いている。


 怒り狂ったいかずちが、矛先を狙い定めるかのようにして眼前に何度も降り注ぎ、そして――


「うあああああ!? ぐっ……な、何で……し、痺れが」

「我と契ることの証だ。耐えろ」


 自分が召喚したかも分からないまま、女の子が放ったかのような雷が、俺を直撃した。


 召喚し続け、スキルが0となった以降はどうなったのかは分からないけど、上がった恩恵は微塵も感じられない。


 きっとこの苦しさは、スキルが下がりすぎたことによるペナルティのようなものに違いない。

 

 全身に感じる痛みと痺れは、同時に体中からスキルごと奪われているような感覚に陥っている。


「ライゼル、目を覚ませ。我を見て、名を唱えろ!」


 女の子の名前は教わってはいない。

 それなのに、痛みのひいた体と妙に冴えた頭から浮かんだ名前は――


「トルエノ……?」

「くくっ、そうだ。我の名はトルエノ・キュリテ。悪魔の女王にして、雷のあるじぞ」


 悪魔の女王……しかしどう見ても、小さな女の子で強そうに見えない。


 羽根は確かにそう言われればそうなのかと思う程度に過ぎず、俺のスキルで呼べたのなら女王ではなく、小娘クラスといったところだろう。


「でもトルエノの姿は小娘だし、女王と言われても信じられないよ……」


「我を召喚し、羽根を弄び、モノにしようとした分際で逃げるというのか! 我を呼んだのはライゼル、キサマだ! 我がこの姿になったのも、キサマのスキルによるものだ。雷により覚醒を果たしたとしても、最弱なキサマが我を戻すには召喚をし続けねばならぬ」


「下がり続けたスキルで呼んでしまったのはごめん。どうなっていくのか分からないけど、俺じゃなくてもっと強い召喚士と契りを結んだ方がいいと思うんだ。近くの村にいるから紹介するよ」


 せっかく召喚出来た悪魔な女の子を引き渡すのは残念なことではあるけど、弱い俺と一緒にいるだけでトルエノがどんな目に遭わされるのか、想像したくない。


 ここは抑えて、素直に村に戻るしかない。

 村にいる三人の誰かと契り直してもらって、トルエノの本当の姿に戻してもらおう。


「どこへ行く?」

「うん、俺の村に戻るよ。そこでならトルエノは、元の姿に戻れるかもしれない。俺の力じゃ、キミを守ることなんて出来ないんだ」

「……守る? くくっ、我を守ろうとしているとはな。そのスキル、覚醒にはまだ足りぬようだ。それまで、我がライゼルの傍で示すしかなさそうだ……」


 俺の手を握ってついて来るトルエノは、羽根をバタバタと動かしながら嬉しそうに笑っている。

 村に戻ればトルエノは、きっと女王の姿に戻れるはず。


 三人には色々言われるかもしれない、だけど俺が召喚したことでこの子は小娘クラスに成り下がってしまった。


 イゴルかルジェクなら、悪魔の姿に戻せる……そう思いながら村に入ろうとすると、目の前にはオリアンが立ち塞がっていた。


「おいおい、どのツラ下げて戻って来やがったんですかねぇ? お前みたいな奴を村に入れたら、村が汚れちまうだろうが!」


「うわっ!?」


「はっはは、弱ぇ」


 オリアンに押し出されただけで転んでしまった。

 雷の痺れからまだ抜けきっていないだけに、どうすることも出来なかった。


「ん? なんだ、そこのガキ……は、はははっ! まさかとは思うが召喚出来ないからって、どっかの村からガキでもさらってきたんじゃねえだろうな?」


『……くくっ、下級なノミが何かを抜かしている。ライゼルに取り付くノミは我自らの雷で消し去るか』


 だ、駄目だ。確かにオリアンに転ばされた……だからと言って、村入り口で雷を落とすなんて。


 押し出されて悔しいけど、村そのものを消し去ってしまいかねない。

 村には関係の無い人たちがいるし、アサレアだっているんだ!


「ま、待って、トルエノ! ここで雷は駄目だよ!」

「ライゼルを愚弄するノミはさっさと消す! 契った我のことですらも愚弄した。この先を考えれば、ノミごときに馬鹿にされても意味なぞ無い!」


 立場も強さもトルエノには敵わないかもしれない。それでも、召喚士として人としてやめさせないと駄目なんだ。


「何だぁ? ガキがガキに何を抜かして……うっ!? 体が痺れて動けねえだと……」


 トルエノの殺気めいた空気のせいか、この場だけ時間が止まった様な感じがしている。姿こそ女の子なのに、もしかしてとんでもない力を秘めているのだろうか。


「くくっ、逝ね!」

「トルエノ!」


 ようやく痺れが回復して来たこともあって、咄嗟にトルエノの羽根に抱きつけた。


「なっ……!? よ、止せ! キサマ、またしても我を……!」

「と、とにかく、村から離れよう。後で怒られてもいいから! だから!」

「は、早く離せ! ち、力が……」


 痺れたままのオリアンをその場に残し、抵抗するトルエノを抱きかかえて無我夢中で走り出した。


 トルエノの力はどこまでのモノなのかは分からない。

 

 分からないけど、生まれ育った村そのものが消えてしまう予感がしただけに、オリアンにされた悔しさよりも、俺は単純に村を守りたかっただけなのかもしれない。

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