第20話


「そっちの方はどうだ?」


シュリの問いに、ナシードはそれまでの軟派ナンパな表情を切り替えて『若き皇帝』に戻る。この村で『国王』と呼ばれているのは、「自分は皇帝と呼ばれるほどこの村に貢献していません」と言ったからだ。

そしてナシード自身、『皇帝の器ではない』と言っている。

皇帝はこの大陸全土を守る『王の中の王』だ。元々、皇帝になるのは兄だった。しかし、兄二人は流行り風邪で呆気なく逝ってしまった。ナシードは『あるなら国王。確定は領主』という立場だったのだ。

さらに父親は生命が助かったものの体調悪化で皇帝を続けることが出来ず、生前譲位されてしまったのだ。

何時でも皇帝の地位を『皇帝に相応しい者』に譲って良いと思っている。その場合、このアストリアは帝国から王国と名を変え、皇帝は国王になる。だから『国王』と名乗っているのだ。


「・・・あまり良くない」


「そっか」


前皇帝の御世に五年に一度、定期的に聖女候補が集められるようになった。ただし、アストリア帝国を東西南北に分けて北から順番に東南西と続き、また北へと戻る。北からなのは、『神の住まう地』が北にあるといわれているからだ。


今回は東部から『聖女候補』が18人集まり、最終的に五人まで絞られた。しかし、今のところ『聖女』は現れていない。聖女候補は各主要都市の神殿に散らばり、都市とその周辺を『聖なるちから』で守っている。

来年は南部で聖女候補者を探す事になる。



「何があってもレリは渡せない。ミリィもだ」


「分かっている。いや。この村は『対象外』になっているから安心して欲しい」


あの14年前の騒動から、この村は王家直轄となって以降、此処へ入る唯一の街道には関所が出来ていた。ただし、今まで入れた一般人はオルガただひとりだ。

そして年に数回、この男ナシードがやってくる。今は気分転換でやってくるようになっていた。

この『見回り』でシュリを連れ回すが、それは『込み入った話』を・・・というか愚痴を聞いてもらうためだ。この村では騒動以降『自治権』が認められているため、何を言っても愚痴っても『余所に漏れる』ことはない。

シュリも黙って愚痴を聞き、たまにナシードの耳に痛いツッコミも入れる。権利欲も私利私欲も何も持たないシュリの「何でそんな事になるんだよ」という単純な言葉にさえ、ナシードは救われるのだ。


「だったらどうすれば良い?」と何気なく聞いたこともある。彼は『何にも捉われない判断』を口にした。

それを政策に取り込んでみた。・・・政策は大成功だった。

ナシードは悩んでいた。

常々つねづね「誰か皇帝に相応しい者はいないか?優秀な者なら皇帝の地位を譲る」と言ってきていたのだが、その政策が成功したため「貴方こそ皇帝に相応しい」と各国に認められてしまったのだ。


「聖女候補がたくさんいるなら、望むなら町や村に住んで貰えばいい。好きなくとも。町や村は守られるだろ?」


それを実行してみた。

もちろんこの帝国全体だ。驚いた事に、他国に興味を持ち、その町に住みたいという聖女候補も多くいた。

今は、各国に最低でも2人から3人の聖女候補が神殿に住んでいる。



『オルスタの聖女』がどれほどの『聖なるちから』をお持ちだったのかを誰もが改めて思っていた。

それと同時に、『ダントン家の仕業』に腹を立てていた。

各国には『ダントン家の非道』を伝えた事で、「『オルスタの聖女』の子孫は『聖なるちから』を奪われた」と広がった。

神殿では『聖女は処女であるべき』という考えが根付いている。しかし『オルスタの聖女』は結婚しており、レリーナの母エレーヌを生んでいた。


『心がキレイかどうか』が『聖なるちから』の大きさに繋がっている。

だからこそ、レリーナとミリアーナに『聖なるちから』が今でも引き継がれているのだ。


しかし、それを知られる訳にいかない。2人を守るためなのだ。

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