第9話 実装試験

 シミュレーターを用いた内部試験の説明を受けた俺が、間渕さんと共に地下一階へ戻ると。

 パソコンの前に座ってモニターを睨んでいた牟礼さんが、こちらに椅子を回してきた。


「間渕、小僧、ちょっと来い」

「どうかしましたか、牟礼さん」


 声をかけられるや、すぐさまに牟礼さんのデスクへと向かっていく間渕さん。俺も慌てつつ後についていくと、牟礼さんがパソコンのモニターを指さしている。

 それは警視庁のホームページで公開されている、魔物の出現を知らせるアラート画面だった。練馬駅の周辺を描いた地図の一ヶ所に、ぽつりと赤い表示が点っている。

 魔物の出現を知らせる通知だ。


「五分前に千川通りで出た。脅威度D、アメジストカーバンクルが三匹だ。ぶっちゃけ放置していても問題ないレベルだが、ちょうどいい。

 お前ら、小僧の実装試験の講習ついでに退治してこい」


 淡々と事実を告げる牟礼さんの言葉に、俺は僅かに目を見開いた。

 魔物の脅威度はS、A、B、C、Dの五段階に分かれ、Sが最も危険、Dが逆に最も危険度が低いとされている。

 カーバンクル種はフェネックのような姿をした小型の魔物で、愛玩動物としてペットショップで販売されていることもある程に危険度の低い存在だ。

 加えて額の宝石の種類で使う魔法の系統が変わってくる。紫水晶アメジスト黄水晶シトリンなどの水晶系カーバンクルは攻撃系の魔法を使ってこない。噛まれると魔素症を引き起こすことがあるので符術士による対応が必要だが、脅威度Dの中でもだいぶ弱い魔物だ。

 確かに研修にはちょうどいい相手だが、それにしたってオーバーキルすぎやしないだろうか、アルテスタの護符では。

 しかし間渕さんは表情を動かさないままに、こくりと頷いている。


「分かりました。実装試験に回せる護符は何がありますか?」

「渡来の光柱シャインピラー、有藤の狐火招来エルフファイア雷猫招来エレキキャット、劉の竜砲ドラゴンキャノンが試験待ちだ。

 とりあえず、光柱シャインピラーを持っていけ。仕様書はあとで端末に送る」


 そうぶっきらぼうに話しながら、立ち上がった牟礼さんが試験課フロアの入り口に置かれたキャビネットの扉を開ける。

 「実装試験待機品」と書かれたその扉から、一枚の護符を取り出して間渕さんに差し出してきた。護符の右下に赤いインクで「実装試験用」と印字がされている。

 これが、アルテスタの護符の試作品アーキタイプ、その現物だ。

 朱色のインクで梵字のような草書体の漢字のような、文字らしきものがつらつらと描かれている。その後ろに透かしが入る形で魔法陣が描かれている。

 間渕さんが護符を受け取ったのを見て、牟礼さんがちらり、と俺の方に視線を向けた。


「小僧。お前、うちの護符を使ったことはあるか」

「え、あっ、はい。光剣ライトブレード風爆弾エアーボムは愛用させてもらってるっす」


 牟礼さんの問いかけに、俺は背筋を伸ばしながら答えた。

 光剣ライトブレードは護符から破魔の光を伸ばして刃にして扱う護符、風爆弾エアーボムは圧縮した空気の球を作り出し、炸裂地点に突風を起こす護符だ。

 いずれも繰り返し使用可能な充填タイプで、高校生時代に購入して以来魔力の充填を繰り返しながら愛用している。

 俺の答えに満足そうに頷いた牟礼さんが、トン、と指先でデスクを叩く。


「それならうちの護符の特性・・は分かってるだろうな。

 アルテスタの護符は総じて近ければ近いほど強い・・・・・・・・・・。至近距離で炸裂させんのが最も強いってのが、うちの護符の特徴だ。

 雷猫招来エレキキャットのような召喚系の護符についても同様、術者との距離が近ければ近いほど、召喚した魔物の力は高まっていく。

 今回テストする護符は充填式だ。その前提条件が本当に機能しているかどうか、何度も使って確かめるのを忘れるな」


 牟礼さんの淡々とした、しかししっかりと念を押した言葉に、俺も間渕さんも揃って頷いた。




 練馬駅の南口の目の前を横切り、西武池袋線の線路沿いを通る千川通りにて。俺と間渕さんは件のアメジストカーバンクルを探して辺りを見回していた。

 千川通りは人通りも車の通りも多い。ともすれば道路を横断する最中に、車に轢かれている可能性もゼロではない。

 特徴的な色合いの毛皮をした動物の姿はないか、人だかりはないか。視線を慌ただしくめぐらす俺の視界に、ちらりと映るものがあった。

 居酒屋の隣、千川通りと交わりながら高架沿いに曲がっていく路地の角。毛量のもっふりとした藤色の尻尾が一つ。


「いた!」


 俺が声を張ったことであちらも気が付いたのだろう、尻尾がパッと引っ込む。

 すぐさまに路地に飛び込むと、こちらに背を向けて走り去る小動物が三匹。猫ではない、犬でもない。大きくて長い尻尾を揺らすその生き物の毛皮は、いずれも藤色だ。

 間違いない、カーバンクルだ。色合いからして標的ターゲットのアメジストカーバンクルなのは間違いない。


「間渕さん、あれっすよね!?」

「他に同種の出現情報はないわ、間違いない! 交野君、準備は出来てる!?」

「OKっす! ってかさっきまでと口調違うっすね!」

「これが素なの! 後輩相手に取り繕ってる場合じゃないもの!」


 逃げるアメジストカーバンクルを追いかけながら、間渕さんが右腕に装着した小型のクロスボウを展開した。手早くボルトを装着し、構える先はカーバンクルの視界の先。

 しっかと狙いを定めながら、足を止めた間渕さんが声を張る。


「止まれっ!!」


 刹那、発射される弾丸。ステンレス製のボルトが一目散に駆ける小動物の眼前に落ちて、キィンと固い音を立てる。

 その鋭い音に、三匹のカーバンクルの足がぴたりと止まった。すぐさま間渕さんが実装試験を行う護符の一枚を左手で掲げる。


名詮自性みょうせんじしょう光芒彩彩こうぼうさいさい!」


 発動詠唱を唱えた間渕さんの視線は、真っすぐにカーバンクルへと向けられている。そしてそのカーバンクルたちを包み込むように、地面から太い、光の柱が立ち上がった。

 破魔の光を柱状に出現させて魔物を攻撃する、光柱シャインピラーの護符だ。似た効果のものに太陽光線サンライトの護符があるが、天から降らせるように柱状の光を落とすのとは違い、地面から発生させるところに独自性が見える。


「キュゥゥゥッ!」

「クァァァ!」


 光に包まれたカーバンクルが上げる、苦しげな声が聞こえた。魔素を身体に満たした魔物は、破魔の光を受けることでダメージを負う。故に魔物に対抗するための護符は、この光を発生させるものが非常に多い。

 相手の動きが止まったことを確認した間渕さんが、護符を掲げた腕を下ろしながら口を開いた。腕を下ろしたと同時に、光が徐々に薄れていく。


「対象指定、数値代入、効果発動、効果終了、いずれもOK。大丈夫そうね。

 交野君、実装試験においても試験の本質は変わりません。魔物相手に効果が発動するか、それを確認するのが重要なことです。

 しかし内部試験とは異なり、実装試験では実際に護符を持ち、発動詠唱を唱え、コンピューターに因らず自分で対象と数値を代入して試験を行います。発動詠唱を入力して、護符が起動するか。指定した対象と数値と、発動する効果の程度が釣り合っているか。動き回る魔物を相手に、しっかりと効果を当てられるか。

 考えることは非常に多いから、ただ漫然と戦っているだけではだめよ」

「う、うっす……!」


 俺に説明をしながら、間渕さんは護符をしまってスマートフォンを操作していた。

 聞くに、アルテスタの試験課は全員が社有のスマートフォンを支給されており、これを使って実装試験を行う護符の仕様書、実装試験の因子表にアクセスするらしい。入力が煩雑にならないように、因子表はWebフォーム方式だそうだ。

 護符を下ろしたことで光柱シャインピラーの効果は終わっている。視界の中には破魔の光で身を灼かれ、身を寄せ合ってブルブルと震えるアメジストカーバンクルがいた。うち一体はアスファルトの上に倒れ伏したまま身じろぎもしない。


「今は大体、標的との距離が二十メートル。

 動いている二体は直前で光盾シャインシールドを張ったかしらね。倒れている一体は魔素がだいぶ不活性化されているから気を失っているけれど、まだ生きているわ。

 この距離で防御なしのをあれだけ不活性化出来るなら、上々ね」

「これ……売り出されたら、すげー使い勝手よさそうっすね……」


 ブロードソードを構えたまま目を見開く俺に、間渕さんはすっと微笑みを見せた。その手に再び、光柱シャインピラーの護符を持っている。

 それをひらひらと揺らしながら、間渕さんは満足げに話し始めた。


「そうでしょう? アルテスタの護符は攻撃力ばかりが取り沙汰されているけれど、こういう補助系の護符も多く造っているの。

 これは攻撃力よりも行動阻害性に重きを置いた護符だから、これ一枚で魔物を屠ることは出来ない……だけど、これ一枚があれば、魔物に対処するのがもっとやりやすくなるわ。

 私達試験課は皆が符術士だから、自分の愛用の武器も、自分の愛用の護符も持っているわけだけれど……そこに、試験をする護符をどう組み合わせていくか。

 これがとても重要なことなの」


 そう話しながら、どんどんと間渕さんはカーバンクルとの距離を詰めていく。

 カーバンクルたちは動かない、いや、動けないのだろう。倒れ伏している一体は無論のこと、残り二体についても幾らか魔素が不活性化されているはずだ。思うように身体が動かないのも当然のこと。

 そうして、震えるカーバンクルたちに自分の身体で影を落とすまでに接近した間渕さんが、再び光柱シャインピラーの護符を掲げた。


「これで終わりよ……ごめんね。名詮自性みょうせんじしょう光芒彩彩こうぼうさいさい!」


 小さい声で、そう謝った次の瞬間、先程よりも強い輝きを放つ光の柱が出現した。

 効果範囲が先程よりも絞られているのもあるだろうが、単純に輝きが強い。接近するほどに効果を増す、アルテスタの護符の真骨頂がここにある、ということだろう。

 果たして、行使される魔素不活性化の効果も強まる。その体内の魔素を完全に不活性化された魔物の末路は、すなわち、死だ。


「キュゥゥゥゥ……」


 光の向こうから、弱々しく響くアメジストカーバンクルの断末魔。

 間渕さんが再び腕を下ろした後、しゃがみ込んだ彼女がその腕の中にアメジストカーバンクルの身体を抱き上げる。

 藤色の毛皮を持つその小さな獣たちは、眉間にしわを寄せた苦悶の表情のままに、その呼吸を止めていた。

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