サラリーマン符術士~試験課の慌ただしい日々~
八百十三
プロローグ
第0話 巨竜咆哮
劈くような咆哮。
空気が、ごうと震える。
音圧が周囲のビルを揺らし、窓ガラスを軋ませ、アスファルトの地面を細かく撓ませていた。
街中の街路を行く人々は逃げ惑い、少しでも安全な地下へ向かうためにメトロの出入り口に殺到している。
足元から伝わる震動と、身体に叩きつけるような圧力に、俺は笑い始める膝を強く叩いた。
そんな俺を嘲笑うかのように、視界の真正面にいる俺達をねめつける大型の四足歩行な
こうして直接『魔物』と相対すると、その強烈な威圧感と超ド級の迫力、対する自分の矮小さに毎度涙が出そうになる。
だが、ここで魔物に背を向けるわけにはいかない。
何故なら、シミュレーターでトークン相手に何百回と
右手に愛用の直剣を、左手に和紙で作られた三枚の護符を握った俺の隣で、同じ試験課の先輩社員である
「
「万事OKっす、間渕さん!」
視界内にドラゴンの姿を収めたままに、間渕さんが鋭い口調で俺に言葉をかけた。
笑顔と共に元気に返事する俺の手の中で、チャキリと直剣が鳴る。
刹那、間渕さんの隣から俺は一直線に飛び出した。俺の横をすり抜けて追い抜くように、クロスボウから放たれた弾丸が横殴りの雨のようにドラゴンの鱗を叩く。
「後方から牽制するわ、交野君は前へ!」
「うっす!」
クロスボウのトリガーを引き続けながら一枚の護符を指に挟む間渕さんに返事を返しつつ、俺は直剣を振りかぶった。
俺に向かって前脚を振り下ろしてくるドラゴンの爪先を横に薙ぐようにして力を受け流しつつ、数歩後方に下がる。
よろけたりたたらを踏んだりしたわけではない。後方で間渕さんが『
「
四文字八音二節を基本として構成される、アルテスタ式特有の発動詠唱。
護符の効果ごとに詠唱が異なるので覚えるのが手間だが、その効果の強さは業界でも上位に位置するレベルだ。護符工房アルテスタが小規模ながらもある程度シェアを確保できている理由は此処にある。
しかして束の間に、ドラゴンの周囲をまばゆい破魔の光が覆った。
魔素の活性を抑える効果も付与してある、と開発課の
ドラゴンが堪えている様子はない……しかし思い通り動けないことにイライラした様子の咆哮が、光の中から聞こえてきた。
「GYAAAAAA!!」
「あのサイズの竜種相手じゃ、足止めにしかならないか……攻撃性能は低い、しかし行動阻害性は高い、と。
交野君、今いける!?」
社有のスマートフォンに手早くメモを取りながら、間渕さんが強い声を発した。
動けないなら今がチャンス、元々ダメージソースになる護符は俺の担当だ。棒立ちになったドラゴンの足に、一枚の護符を押し付けて、唱える。
「サンキュっす間渕さん、いくっすよ!
俺が発動詠唱を唱えると同時に、護符からバチバチと電光が迸った。
慌てて手を離した次の瞬間、強烈な爆発音が辺り一帯に轟く。それと共に発生した衝撃波が、俺の手を上へと跳ね上げた。
プラズマ化した爆発の中心部は見事に吹き飛び、ドラゴンの鱗はおろか、肉も血管も吹き飛ばして内部の骨が覗いている。傷口から幾本もの煙が上がっていた。
「GYAOOOOO!?」
突然片方の前脚の肉が抉られて、灼けるような痛みを訴える現実に、ドラゴンは明らかに狼狽していた。
前脚を動かそうにも、筋肉が吹き飛んでいるせいで力が入らない。そのまま斜め前方に倒れ込むようにして、ドラゴンの巨体が傾いだ。
「よっし、抉った! 反動と衝撃がやべーっすけど、破壊力は抜群っすね!」
「使い方を工夫する必要はありそうだけど、なかなかいい具合ね。交野君、そのまま首までよじ登って! こっちで足止めを続けるから!
腕をぐるぐる回して動きに問題がないことを確認した俺がドラゴンの身体にしがみつき、ぐいぐいとよじ登るのを確認した間渕さんが、二枚目の護符に手をかける。
詠唱文句を唱えつつ護符を横薙ぎに振るうと、地面から無数の鋭い氷が、刃のように突き出した。
地面に前のめりに倒れ伏すドラゴンの身体へと氷の刃が突き立てられ、その身体を完全に地面へと縫い留める。威力もそうだが効果範囲が広いのは流石だ。多対一の状況なら、戦況を変える一手ともなる護符だろう。
苦悶の声を漏らすドラゴンを頭の上から見下ろした俺は、そのごつごつとした後頭部を勝ち誇った顔で踏みつけにした。
ここまで来れば後はどうとでもなる。振り落とされる前に、俺は一枚の護符を鱗の薄いところに押し当てた。
「GUOOOOO……!!」
「へっ、ドラゴンも、俺達
発動詠唱を唱えながら、護符にまっすぐ直剣を突き立てると。俺の手にする直剣が、極太の鋭い牙となってドラゴンの後頭部を抉った。
牙は鱗を砕き、筋肉の鎧を突き破り、そのまま延髄を刺し貫いた。呼吸中枢を破壊されたドラゴンがびくりと身体を痙攣させると、そのまま瞳から光を失いつつどう、とアスファルトの道路に倒れ伏す。
威力も長さも鋭さも上々、ナイフでも同じように発動させられたら、きっともっと使い勝手がよくなるだろう。上層部からOKが出るのが、今から楽しみだ。
剣を引き抜いてドラゴンの骸の傍に降り立つと、ちょうどクロスボウをしまった間渕さんが俺の傍まで来るところだった。
「へへーっ、どんなもんだっ!」
「大型竜種相手に合計使用枚数4枚、まぁ効率としては上々ね。猪爪君もいいものを作って来るじゃない。
さ、魔物の生体サンプルを採取するわよ。レポート提出するんだから、漏れが無いようにね」
「うーっす……間渕さん、やっぱり心臓ぶっこ抜かないとダメなんすかね?俺、まだドラゴンには
「冗談にもならないわ、交野君は
竜種の心臓サンプルは貴重なのよ。
そう言いつつ、さっさと大口を開けたドラゴンから牙を引っこ抜いている間渕さんだ。さすが、もう4年目ともあって手慣れているし、迷いがない。
俺は小さく息を吐くと、防護用の長いゴム手袋を両腕にはめ、エプロンをかける。そうして握った剣で一気に、ドラゴンの胸を切り裂いた。
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