第5話



あの日『祝杯』に睡眠薬を混ぜたのは『調理場』の者たちだった。


「新国王誕生を祝うための酒と料理を用意しろ」


そう言われた料理人たちは、『酒』だけでなく『料理の中』にも少しずつ『睡眠薬』を混ぜていたのだ。

一応『弟殿下』は12歳だ。

まだ『酒をたしなめる年齢』ではない。

そのために『料理の中』にも混ぜたのだ。

しかし『国王になれたお祝い』として開かれた『食事会』に浮かれた彼は『人生初めての酒』に酔いしれた。




目覚めた時には『何もない石畳の檻の中』に一人縛られて床に転がされていた。

排泄は『垂れ流し』の上、着替えも許されず、お腹が空いても何も出ない。

――― 誰も来なかった。

どのくらい時間が過ぎたか。

ここに入れられてから『はじめて』人を見た。

引きられるように牢から出されると、隣から宰相たちも『同じ姿』で出されていた。

縄で一列に繋がれ、先頭は『自分』だった。

膝から下をぎこちなく動かして『前』へと歩かされる。

素足のままで、石畳の上を歩く。

冷たい石畳で足がかじかむ。

――― 父上。父上。助けて下さい。

疲れて足が止まると、兵士が怒鳴る。

国民からも「モタモタするな!『闘技場』までさっさと歩け!」と怒号がとぶ。

自分たちは『闘技場』まで歩かされているのか?

闘技場で『闘牛』や『剣技』が催される時に父上や『兄上』と馬車で行ったことがある。

この距離を何故『馬車』でなく歩かされているのか。

――― これではまるで『罪人』ではないか。


『罪人』・・・それは『兄上』のはずだ。

『兄上』は宰相が「兄君は父君に謀反を画策したため『貴方様の兄君』ではなくなりました」と言っていた。

そして「今から貴方が『国王』なのです」とも。

その『お祝い』をしたはずだ。

国民だって『篝火かがりび』をたいて『祝ってくれた』じゃないか。

考え事をしていたら、道端みちばたで子供が何か騒ぎを起こしていたようだ。

立ち止まって見ていると、兵士に「さっさと歩け!罪人ども!」とどやされた。

恐怖から思わず涙を浮かべたが、国民たちから「泣いて許されると思っているのか!」と声があがった。

『罪人』・・・僕が・・・?

彼らから向けられた憎しみの含まれた目が怖くて、逃げるように痛む足を動かした。


倒れそうになりながらも、なんとか闘技場に辿り着いた。

縄を掴まれて、闘技場に引き摺り出される。

縄が身体に食い込んで痛いが、口枷をされているためそれを訴えることも出来ない。

暗い場所から明るい場所へ出たため、まぶしくて思わず顔を下げる。

しかし、兵士に手入れされずにボサボサになった髪を掴まれて顔を上げさせられると、大きな歓声があがった。

それはまるで地の底から響いてくるようだ。

等間隔に並んだ『丸太の串』に押さえつけられて、縄の上から革のベルトで固定される。

額も固定されて動かすこともできない。

――― もう抵抗する気力も出なかった。

首にチクリと痛みが走って、意識がハッキリしてきた。

目を動かすと、隣に同じ状態になっている宰相の首から注射の針が抜かれるのが見えた。

するとボーッとしていた宰相の目も、だんだん意識が戻ったようにしっかりしていく。


「醜いな」


突然聞こえた兄上の声。

姿を探そうと目を動かすが何処にもいない。

ジャーン!という銅鑼ドラの音が響いて、闘技場内がシンとしずまる。

近くで鳴ったのだろうか。

身体に直接響いてきた。



従是これより『新王』ノルヴィス・フォン・アムゼリアの名において、『咎人とがにん』とれに縁座えんざ及び連座れんざする者の処刑を開始する」


――― あれ?『新国王』は僕のハズだ。

なのに何故、兄上が『新国王』として処刑開始の宣言をして皆が喜んでいるの?

横に視線を向けるが宰相の表情は青褪めていた。

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