魔女達の集まりは月と花

月🌙

◇第一魔女

拾われ子は鬼子

 とても寒い季節に彼女は煙管を吹かしながら、のんびりと夜道を散歩していた。


「……今日もえらい寒いなぁ」


 「ふぅ」と息を吐くと煙管の煙は空に舞い上がりスーッと消えていく。彼女は、その煙を目で追うと空を見上げ夜の空に散らばる星々を見た。


「ん? ……おやまぁ。なんや、今日のウチは数奇な運命に巡り会うみたいやねぇ」


 星占いで自分自身を占う彼女――そんな彼女の名は舞耶まや

 この日の本で暮らす数少ない『魔女』の一人である。

 魔女は歳をとることは無い。故に、舞耶は人目を避けながら、ひっそりと町外れで暮らしていた。

 こうやって夜の散歩をするのも、昼の間に出来ないからしている。太陽が出ているうちに外に出ると、町に住んでいる人に遭遇し顔を覚えられる恐れもあるからだ。

 そうなれば不審がる住民が一斉に集い、俗に言う『狩り』が始まる。〝化け物〟と評され、その首は切り取られ晒し首にさせられるだろう。そして体は、不老不死を願う者に弄ばれるだろう。

 だから舞耶は、町ではなく離れた場所に暮らしていた。


 舞耶ができること――それは、星を詠み、人の運命を詠み、まじないをかけることだ。

 ひっそりと暮らしていてもお金が無いと不老でも飢えてしまい〝死〟に至ってしまう。だから舞耶は、お金を持ち、そこそこ権力のある物に占いをしたり呪いをかけたりして食い稼いでいた。

 昔は、その力を善良なことに使っていた。

 だが、例え星詠みで先を見通し良い行いをしたとしても、人間は何か災いが起こると何かのせいにする。そして、人間は自分達と違う存在だと知ると掌を変え恐れ始めるのだ。

 恐れ始めると、もう、人間の恐怖は止められない。止まらない。


 時には"神"として奉り、時には"化け物"として蔑む。

 自分達の都合のいい様に解釈するのが人間だ。

 化け物や物の怪の類だと言われ、罵られ、石を投げられた日々。


『ウチは、仲良くしたかったのに……』


 ひっそりと泣いているあの頃のことを思い出し、舞耶は煙管を吸い「ふぅ」と吐く。


「やれやれ……さて、と。今宵の散歩は終わりにして、そろそろ家に帰ろか」


 踵を返し帰路につく舞耶。

 歩き続けていると、ふと、風に乗ってどこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「おぎゃー! おぎゃー!」

「ん?」


 首を傾げ、音に耳を傾ける舞耶。


「おぎゃー! おぎゃー!」

「この声は……はぁ、やれやれやねぇ」


 舞耶は悪態をつきつつも赤ん坊の泣き声を頼りに暗い夜道を歩く。

 普通の人間なら提灯で足元を照らし夜の道を歩くのだが、舞耶の目は暗闇の中でも景色がハッキリと見えるため提灯は必要なかった。

 カラン……コロン……と、舞耶が歩く度に厚い下駄が鳴る。


「おぎゃー! おぎゃー!」


 まるで『僕はここだよ! ここにいるよ!』と、言っているみたいに赤ん坊は泣き続けていた。

 赤ん坊の泣き声が段々ハッキリと聞こえて来る。

 そして、ついに舞耶は赤ん坊を見つけ出した。


 赤ん坊がいた所は舞耶の家路の途中で深い林の中に木の葉と一緒に埋もれていたのだ。

 いや、埋もれていたというのは変かもしれない。恐らく、母親か誰かが少しでも寒さを凌げれるようにと体に木の葉を被せたのだろう。

 舞耶は赤ん坊の体にかかっている木の葉を払い、そっと抱き上げる。


「お前さんかえ? ウチを呼んだんわ」

「きゃ、きゃっ♪」


 先程まで盛大に泣いていた赤ん坊は、舞耶に抱き上げられた瞬間面白そうに笑っていた。

 赤ん坊の笑う姿に釣られて、舞耶の口元も少しだけ上がった。

 すると、舞耶は赤ん坊に付いている〝ある物〟に気がついた。


「ほぉ。その角……お前さん、鬼の子かえ。これは何とも珍しい」

「あー、うー」


 ぺちぺちと小さな掌で舞耶の頬に触れる赤ん坊。

 舞耶は「なるほどなぁ。確かにこれは、数奇な運命やねぇ」と、小さく独り言を呟いた。


「あうー」

「これ! ウチの髪を食うんちゃう! 全く……余程腹が減ってるんやねぇ」


 舞耶は赤ん坊の口から自分の髪を吐き出させると、眉を寄せ苦笑した。

 その俊寛、ふと舞耶は思った。


(何十年ぶりやろか……こうやって笑ったんわ)


 〝家族〟を知らない舞耶。私利私欲の為に舞耶を訪ねる強欲な人間と関わり、また他の人間達になるべく会わないようにしていた舞耶はいつからか笑わなくなっていたのだ。


「なんや、神さんなんてウチは信じひんけど……これは信じてしまいそうになるわぁ。ふふっ」


 今はもう『一人』ということ慣れていたが、それでもこんな月が綺麗な夜は〝寂しい〟と思う時もあった。

『ウチにも、家族ができたらなぁ……』

 それは、ただの独り言だったけれど秘かな願いでもあった。


「あぅー!」


『お腹空いたよ!』という風に舞耶の黒く長い髪を引っ張る赤ん坊に、舞耶は昔の思い出から現実に引き戻されハッとなる。

 舞耶はそんな赤ん坊を見て小さな笑みをこぼした。


「ほな、帰ろうか。ウチらの家に。……あぁ、名前も決めなあかんなぁ」


 歩きながら赤ん坊の名前を考える舞耶とは反対に、赤ん坊は舞耶の煙管で何やら遊んでいた。


「ふむ……」

「あぅーあー」

「あぁ、決めた。お前さんの名前は、今日から月詠つくよ。この日の本の神さんの名前や。鬼子に神さんの名前っちゅうのも面白味があってええなぁ。ふふっ」

「あぅー!」


 舞耶が考えた名前が気に入ったのか、赤ん坊はニコニコと笑っていた。

 舞耶は赤ん坊のぷっくりとしている頬を優しく撫でる。


「これから宜しおす。月詠」


 ✿―✿―✿—✿―✿


 それから、数十年後の時が過ぎた。


「舞耶、起きろよ! いつまで寝てるんだ!」

「うーん……煩いなぁ〜。もう少し寝かせてぇなぁ〜……」

「だーめーだっ!」


 青年は腰に手を当て言うと、布団に包まる舞耶を剥ぎ取った。

 すると、布団と一緒にコロコロと舞耶が転がり落ちてきた。


「あぁ~れぇ〜」

「もうお昼はとっくに過ぎてるんだぞ?」


 呆れたように青年は舞耶に言う。

 舞耶は頭を押さえながら、渋々起き上がる。


「うぅ……頭痛い……」

「酒の飲みすぎだ」

「しゃあないやん? 昨夜は満月で、えぇ月見日和やったんやし」


 舞耶がそう言うと、青年は「はぁ」と溜め息を吐いた。


「全く……」

「あぁ〜、眠い。頭痛い~。月詠ぉ~」

「うっ、うわ! 引っ付くなよ!」


 そう。この青年は、舞耶が拾った鬼子――月詠だったのだ。

 角を隠すように頭に手拭いを巻いている月詠。そんな月詠の足元に抱き着き、舞耶は月詠に「もう少し寝かせてぇなぁ〜」と、懇願していた。

 月詠は肌けた舞耶の着物から目線を逸らし、無理やり舞耶を引き剥がす。すると、舞耶が不貞腐れたような顔をした。


「ぶぅ。なんや、月詠冷たくないか?」

「そっ、そんなことないよ!」


 そう言いつつも、月詠は舞耶の方を向かなかった。

 舞耶はゆっくりと立ち上がると「昔は可愛かったのになぁ。舞耶~、舞耶、待ってよぉ~って言いながら後ろを追いかけてきたなぁ。ふふっ」と、月詠の子供の頃を思い出していた。


「それは、子供の頃だろう?」

「なんや? 今は、追いかけてきてくれへんのか?」

「うっ!」


 舞耶に覗き込むように上目遣いをされ、月詠は言葉に詰まる。

 月詠は、耳をほんのりと赤くなりながら小さな声で「お、追いかけるよ……。舞耶は、おっ、俺の大切な人だし……」と、言った。

 きょとんとした顔で舞耶は月詠を見ると嬉しそうな笑みを浮かべ、月詠の黒くてふわふわな髪を優しく撫でる。


「よしよし。ええ子、ええ子。ふふっ」

「……っ!!」


 突然、頭を撫でられ驚く月詠。それでも、舞耶は撫でる動きを止めなかった。


「ええ子ええ子。ほんま、大きくなったなぁ」


 撫でられることに対しては満更でもない月詠だが、月詠の心は少しだけ複雑だった。

 舞耶は月詠のことを息子同然に思っているかもしれないけれど、月詠にとっては『恋愛』として舞耶のことを大切に想っているからだ。


(今は子供として見てなくても、いつか、絶対に振り向かせるからな)


「子供扱いするのも今のうちだぞ、舞耶」

「え?」


 真剣な目に舞耶は、またもやキョトンとした表情をすると、月詠は舞耶の肌けた着物を直し始めた。


「なんでもない。ただの独り言だよ。ほら、粥を作ってやるからさっさと降りて来いよな」


 そう言い残すと、月詠は舞耶から背を向け階段を降りたのだった。

 ポツンと部屋に取り残された舞耶は、月詠の気配が消えると突然その場にしゃがみ込んだ。

 顔は不思議と赤くなっている。


(はぁ~。いつの間にあんな表情までするようになってしもうたんやろう……? ……恐ろしい子やわぁ)



(完)

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