第57話 ディタルの経歴
「それは……つまり、俺が単身でヴィアラントに忍び込むってことか? つか、何で俺?」
ジョゼからの思い掛けぬ指名に目を丸くする。
正直、隠密的なスキルを何も持たないし、美由などに比べたら剣の腕もそこそこ止まりの俺に、そんな話が来ると思わなかったのだ。
その思惑が分からないと首を傾げると、彼は小さく苦笑した。
「個人的感情としては、本当はあまり行かせたくないのですが……私も個の感情より国の益を取らねばならない、立場ある大人ですのでね。巧斗を選んだのにはもちろん、理由があります」
そう言って、ジョゼがテーブルの上で両手を組む。
「王城にはおそらく、ディタルによる侵入者感知の術式が掛けられています。それをくぐり抜け、さらにミカゲたちを見つけて、逃走できるだけの体力を回復してやる必要があるのです。巧斗がいればヒーリングの他に幸運も付与されますし、脱出の成功率は上がるでしょう」
「ああ、俺の『女神の加護』を利用するってことか。でも、ディタルの術式をくぐり抜けるのなんて、俺にできんのかな。すぐに引っかかっちゃいそうだけど」
「そこで、私の腕輪の出番ですよ」
ジョゼの指先が、俺の手のひらにある3つの玉を指した。
「赤い玉は炎の攻撃魔法、黄色い玉は雷の攻撃魔法。そしてこの黒い玉が今回の肝です。……これには、ディタルの術式を無効にする、アンチマジックが仕込まれています」
「アンチマジック!? でもディタルって、昔の術式の書式を変えたって言ってたよな? 今の書式に対応させた、打ち消すための綿密な構成が必要なんじゃないのか?」
「あの男は名前以外の書式は変えてないはずです。一部でも変われば、昔生成したアンチマジックは使えませんから。……ふふ、しかし昨日新しい名前の印をゲットしましたからね。これでもうヴィアラントの警備なんてザルですよ」
そんな簡単なものなのだろうか。
ていうか、ディタルってヴィアラントの筆頭魔道士のはずなのに、ずいぶん粗のある男のようだ。
「俺たちに新しい印がバレちゃったの分かってるんだから、王城に掛けられた術式もさらに新しくまた作り直してるんじゃ?」
「そんなマメな男じゃありません。これから新たに作る術式なら書式を変えて作るでしょうが、既存のものをいちいち変えるなんて面倒なこと自分からはしませんよ。そもそも、継続術式のメンテナンスなんてしてないし、管理もしてないはずです」
「……そんな男が、なんで筆頭魔道士なんてしてんの?」
ジョゼの話を聞いていると、ディタルはとても王城付きの魔道士第一位とは思えない。
そう思って呆れたため息を吐いた俺に、彼は少しだけ神妙な顔をした。
「確かにあれは相当なアホです。が、あまり油断してはいけません。実際、あの男の魔道士部隊で隣国は潰されていますし、アイネルだって私がアンチマジックでディタルを追い払うまでは、かなりの劣勢を強いられていました」
「……そういや、あいつ自分で天才魔道士とか言ってたな……。あれはハッタリじゃないってこと?」
「実際、アイネルにいた頃のディタルは、子どもの頃から魔法発動センスが抜群で、膨大な魔力を持つ神童と呼ばれていました」
「あいつが神童……。って、え? ジョゼは?」
「あれとは魔法学校の同級ですが、私はそんなふうに注目されたことはなかったですね。もちろん私だって秀才ではありましたが、ディタルが別格だったので世間の話題はそちらに行ってました」
ジョゼが話題に上らないほどの能力の持ち主。
もしかして俺の想像よりもすごい男なのか。フクロウに憑依している時はかなりの小者臭がしていたけれど。
「そんな奴が、何でアイネルで仕官せずにヴィアラントに行ったんだろ。本人が望めば、王宮に召し上げられたんじゃないのか?」
「……神童も、成人すればただの人、ってとこですかね。まあ、性格的にも難ありですから、アイネル王は召し上げる気もなかったと思いますよ」
性格か。確かに、かなり難のある男っぽかった。
「あの男は子どもの頃から大きな魔法も感覚で発動できた。おかげで勉強をしなくても大人たちにちやほやされて、そのまま何の努力もせず才能だけで進級をパスし、大きくなってしまった。魔道書も読めない、術式も組めない、応用もできない。いくら魔法センスがあっても教科書に載ってる魔法しか使えない魔道士なんて、学校を卒業したら一般人ですよ」
「ああ、神童なんて呼ばれたせいで努力を怠ってアホになっちゃったのか……。でも、今は術式組んでるみたいじゃないか。俺はよく分かんないけど、戦闘や防衛で使う術式って個別に作るものなんだろ?」
「……今ディタルが使っているあれは、私が組んだ術式です」
「へ?」
ジョゼの言葉に思わず目が点になる。
そんな俺に、彼は少しバツが悪そうに苦笑をした。
「昔、旅をしながら各地で魔法の仕事を受けていた頃、ディタルから依頼されて強力な術式をいくつか構築してやったんです。それをあいつは今でも使ってるんですよ。当時は一応、使役者の印の換え方だけ教えてやりました」
「お前……アホに凶器を持たせるようなマネすんなよ!」
「だって報酬が良かったんですよ。何回か術式を作ってやったので、ディタルはそれを使って再び天才の称号を取り戻しました。……しかしプライドだけは人一倍高いあのアホが、術式の出所の発覚を恐れて私を口封じに殺そうとして来たので、返り討ちにしてやったんです」
「ディタルとの一悶着ってそれか。……あれ、もしかしてその後ディタルはヴィアラントに……?」
「そうです。もう少しで殺せたんですが、さすがにヴィアラントまでは追っていけませんでした。……ディタルはその名前を国内外に広く知られていたのでね、魔術後進国だったヴィアラントがそのままあれを召し上げたみたいです」
「まあ、あっちだってアイネルの天才魔道士が手に入ったなら、手放さないよな……それがまさかハリボテの称号だと思わないだろうし」
「ジリ貧のヴィアラントでは新しい魔術の開発に金を掛ける余裕もない。今ある術式だけで対応しなくてはいけないのは、術式を作れないディタルにも都合が良かったんです。おまけに自分たちの利益しか考えない国王とウマが合ったらしく、あっという間に筆頭魔道士になってました」
まあ、ある意味理想の環境を手に入れたということか。
おかげでその性格や思考は矯正されることなく、今まで来てしまった。それはおそらく、彼にとって不幸なことだ。本人がどう思っているかは別にして。
「無能な天才か……。じゃあ、自分で術式を組めるミカゲはディタルにとって不愉快な存在だろうな」
「でしょうね。あの男だけでなく国王もですが、ミカゲに対して酷い劣等感を抱いている。そのくせプライドばかり高いからそれを認められず、捕らえて支配下に置くことでようやく自分の優位を確かめているんです」
「……小者だな」
「小者です」
動物憑依の術式も、ミカゲの首輪を流用したのはディタルがあれを再構築できないからだった。
最初からジョゼが侵入者はフクロウしかいないと言っていたのはこれが分かっていたからだ。彼に対して『動物憑依の術式を作れるものなどディタルしかいないと思った』というのは痛烈な皮肉だったのだろう。聞いた本人はその評価を当然と思っているのか反論しなかったが。
「……ミカゲ様は無事かな」
「命が、という点では無事でしょう。ミカゲは現国王よりもはるかに国民人気が高い。彼を殺せばおそらく蜂起した民衆によってヴィアラント王家は滅びます。ディタルにしても、自分が術式構築をできない分、密かにミカゲを利用したいと考えているはずです。殺しても得がないですから」
「でも、痛めつけられてる可能性はあるよな」
「その確率は高いでしょう。逃げられたら困るし、足の骨くらい折られてても不思議はありません。当然繋がれているでしょうし、食事もどのくらい与えられているか」
「側近の人たちも?」
「彼らはミカゲを従わせるための人質になりますから、こっちも命は無事でしょう。でもミカゲとは別に収監されていると思いますので、そこそこ痛めつけられてるでしょうね」
そう考えると俺の『女神の加護』によるヒーリングは必要不可欠で、選ばれた理由も納得だ。
俺は受け取った3つの玉を握りしめた。
「分かった。ミカゲはヴィアラントを裏切りたくないからアイネルの手を借りたくないと言ってたけど、もうそんなことも言ってられないしな」
「その点でも、あなたがミカゲの友人と名乗るなら、いくらか抵抗も薄いでしょう。ここまできてアイネルの援護を拒む国民はいませんよ。王族貴族とその周辺を除いて」
ジョゼの言葉に頷く。
「侵入ルートやミカゲたちが囚われている場所は分かってるのか? 支度が終わればすぐにでも向かうけど」
「攻略に必要なものはだいたい準備できています。巧斗の旅支度が調ったらもう一度ここに来て下さい。……と、その前に」
俺が支度に立ち上がろうとすると、何故か止められた。
未だテーブルの上に置いたままだった契約輪をジョゼが手にし、それと逆の手で俺の左手を取り、するりとその輪を通す。
銀色の輪っかは、彼が手を翳すと俺の手首できゅっと収束した。
「さっきも言いましたが、この腕輪で魔法が使える回数は10回まで。使用回数を復活させるには、私のご機嫌を取って下さい」
「……は?」
「だから、魔法を使うには私におもねって下さいと言ってます」
「……俺、これからアンチマジックとか、お前の指示で魔法使うんだけど。何でその俺がジョゼの機嫌取りを……」
「魔力っていうのは精神的なテンションで上がりますので、これは必要なことなんですよ。あなた以外におもねられても私は基本、無。ですし」
何か不条理だ。
しかし、それをこの目の前の男に言ったところで、聞き入れられることなどないと知っている。
俺はあきらめのため息を吐いた。着けた直後に言う性格の悪さを指摘しても今更だし。
まあ、恥ずかしいことしろと言われるより全然マシだろう。
「腕輪が白銀に光る今の状態が満タンです。魔法を使用するごとに色が沈んでいきますので、黒に近い色になったら使用しないように」
「回数を数えておけばいいんじゃないのか?」
「消費する魔力量が魔法によって違うので、若干のずれが生じますから。目安だけでも知っておいて下さい」
「分かった」
俺は適当に頷くと、今度こそ旅支度をするために立ち上がった。
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