第55話 ジョゼとディタル

 周囲がすっかり暗くなった頃、遠くの上空に薄ぼんやりとした何かが見えてきた。

 それが徐々にこちらに近付いてくると、先ほど舞子が飛ばした光の粒子を身体中にまとわせた、一羽のフクロウだと分かる。


「あれかな? 巧斗さんたちを襲ったという盗賊を唆したヴィアラントの侵入者は」

「間違いないでしょう。……やはり、他に反応する動物はいないようですね。舞子殿、そのままここまで呼び寄せて、手前の低い木の枝に留まらせて下さい」

「了解です~。ふふ、どんな人かなあ~」


 とうとう頭上まで飛んできたフクロウが、ジョゼの指示通りに舞子の誘導で近くの木に留まった。

 途端に、そのフクロウがしゃべり出す。


「いきなり身体の自由が利かなくなったと思ったら、貴様の仕業か……!」

「久しぶりですね、ディタル」

「どうして俺がこのフクロウに憑依をしていると知っている!? ……そうか、やはりミカゲと貴様らは裏でつながっていたんだな。この術式も、あの男と結託して……」


 あ、まずい。結託などしていないが、この術式にジョゼが細工をしていたことがわかれば、ミカゲとつながりがあったことがバレてしまう。王城で囚われの身の彼に害が及ぶかもしれない。


 そう思って焦ったけれど、隣のジョゼは涼しい顔で、しゃあしゃあと嘘を吐いた。


「ミカゲ? 何の話ですか? 私は捕らえた盗賊から、しゃべるフクロウが私の作ったオリハルコンの腕輪を狙っているという話を聞いただけです。動物憑依をして音声変換までして、さらにオリハルコンの加工ができる高度な技術を持つのはヴィアラントではあなたくらいしかいないと思ったので呼びかけたまで。……おや、もしかして術式の作成者は違いました?」


 ジョゼの言葉にディタルが一瞬言葉に詰まる。


「だ、だとしても、どうやって俺をここまでおびき寄せた!?」

「使役者があなただと分かっていれば、誘引術式はいかようにも作れますよ。……5年前のこと、お忘れですか?」

「うるさい! くそ、あの時とは書式を変えたはずなのに、どこから漏れた……!?」


 5年前とは、何の話だろう。

 ……そういえば、その頃ヴィアラントが侵攻して来たのを、ジョゼの采配で食い止めたという話だったっけ。何か関係あるのかもしれない。


「ディタル、とりあえずあなたも筆頭魔道士なら、王城のブレインとして少しは王の愚行をたしなめなさい。このままだと、ヴィアラントは崩壊しますよ」

「ふん、そんなことを言っているのも今のうちだ! アイネルは貴様もろとも滅ぼして、ヴィアラントの家畜にしてやるんだからな!」

「そんなやり方では国を維持していくことはできません。すでに民心は離れ、貴族たちの離反も時間の問題ですからね」

「そんなの、アイネルから金品を巻き上げて配ってやれば、すぐに従うようになる! お前らがおとなしくやられればいいんだよ!」


「……やれやれ、成長のない。いつまで経っても気性の荒いただの猿か……。今回はあなたに忠告する良い機会かと思いましたが、無駄なようだ」


 ディタルの態度に肩を竦めたジョゼは、ひどく冷たい視線で彼を見やった。


「よろしい、次に私に楯突いたら、地獄を見せて差し上げます。アイネルに攻め込むなら、その覚悟を持って来るといい。5年前と違い、今の私には守りたいものが多くありますのでね。……容赦しませんよ」


 いつもは人を食ったような態度しかしない男が、本気で凄む。

 その威圧感と氷点下に感じる声音だけで、フクロウだけでなく俺すら寒気を感じた。


 以前美由から聞いたことがあるが、王宮に仕える前の彼は金さえ積めば平気で人を殺めるような男だったというから、これが本来のジョゼの持つ気配なのかもしれない。


「……そ、そんな脅し……。俺は、昔から天才魔道士で、貴様なんかに……」

「くだらない反論はもう聞きません。アイネルで少しは偵察ができたでしょうが、あなたごときにバレて困る事なんてどうせ何もない。……巧斗、あのフクロウの足輪を外して来て下さい」

「あ、ああ」


 素直に従ってフクロウの元に行く。ディタルは舞子によって行動が制限されているから、特に反抗もできないようだ。

 よく見ると、その足に着いているのはミカゲが黒猫に着けていたものと同じ輪っかだった。あの首輪を、フクロウの足に合うように二重巻きにしているだけ。

 王城の筆頭魔道士が自分で術式を組み直すこともなく、他人のものをそのまま流用するとはずいぶん不用心な。


 俺はジョゼに威圧されて固まり、言葉が出なくなっているディタルから足輪を外した。


 途端に術が解け、男の憑依から解放されたフクロウは驚いたようにばさばさと飛び去る。光の粒子もそれと同時に消え失せた。


「……これ、ミカゲ様の作った首輪、そのままなんだけど」

「でしょうね。だからこそ侵入者はあの男だけだろうとふんだのです。それをかして下さい、おそらく術者のところだけディタルの印に書き換えられているはずです」

「あの男、ミカゲ様と私たちのつながりを疑っていたわね。大丈夫かしら。ミカゲ様に危害を加えられないかな」

「平気です。あれはアホですから、私の嘘を信じたと思いますよ。……特に、5年前にトラウマを植え付けてやりましたしね」


 そう言いつつ、ジョゼは首輪の術式を眺める。書き換えられた部分を確認しているようだ。


「5年前のトラウマ?」

「王宮に召されたジョゼ魔道士が、当時ヴィアラントから攻めてきたディタルの魔術士部隊をことごとく潰したんだよ。最終的にはジョゼ魔道士が彼の術を全てアンチマジックで封じ込めて、アイネルの大勝となったんだ。……確かにあれはトラウマレベルかもね」


 ギースが隣にやってきて、補足をしてくれる。その内容に俺は目を丸くした。

 さっき、高難易度だと聞いたばかりのアンチマジック、それをジョゼはディタルに使っていたのか。だとすれば確かに、彼を誘引するのなんて簡単だと言い放ったジョゼの言葉に惑わされるだろう。


「昔の術式はアンチマジックで封殺されるので、さすがのアホも使いません。だからその後、ディタルが新たに変えた書式を確認したかったのです」

「なるほど……。でも、そうすると今回はミカゲ様の術式だけだから、手に入ってもあんまり役に立たないか」

「いえいえ、彼の現在の使役印が手に入れば、しばらくの間は十分です。おそらく今回のことで、また書式を変えるでしょうし。……さて、これでひとまず戻りましょう。皆さん、お疲れ様でした」


 すっかりいつもの調子に戻ったジョゼは、一人でさっさと歩き出す。その後にギースが続き、俺も街に戻ろうと美由と舞子を振り返った。


「俺たちも戻るぞ。……どうした?」


 見ると何故か舞子が眉間にしわを寄せ、美由が苦笑している。


「舞ちゃんが期待外れでちょっと拗ねてるのよ」

「だってさあ、何あのディタルの小物臭! いや、別にそれもアリだけど、ジョゼさんが全然それ系のSっ気を発揮するそぶりも見せない興味の無さ! それどころかマジもんの嫌悪っぷり……! どっちかから少しでも矢印が出てれば萌えられるのに!」


 ……矢印ってなんだろう。


「無駄よ、舞ちゃん。ジョゼは基本的に師匠以外に興味示さないから。好きな相手を苛めて泣かせるのが可愛くてたまらんっていう変態なんだって」

「うあーそうかあ、ジョゼさんって師匠さん一途なのね? じゃあ仕方ないか。今後は師匠さんにアプローチしてくるの待つことにするわ」


 いや、その美由の説明はどうなんだ。そして何故納得する。

 そう突っ込もうかと思ったけれど、違うのかと聞かれれば難しく、非常にヤブヘビな気がして、俺は聞いてないふりをしつつ口を閉ざすことにした。

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