第40話 何かおかしい

 ……おかしい。


 さっきはギース様に指先で触れられただけで勃つところだったのに、トイレに篭もって自分でしようとすると、まるで反応しなかった。

 いや、実際は反応しないのはそこだけで、身体には変化が現れていたのだが。それがまた俺を困らせている。


 俺の身体が妙に熱くなっていた。

 そしてヘンな気分になっている。


 これ、絶対『女神の加護』のせいだよな……。

 勃たないのは、やはりこれが女性しか継承しない能力だからなのか? でも、自慰で解消できるって言ってたのに……。


「……ああもう、駄目だ、埒があかない」


 とりあえず、このままトイレにいても事態は変わらない。どうせここでこの匂いに反応するのは、ジョゼとギースだけだ。一旦二人を避けてサラントに戻ってしまえば喫緊の問題はなくなる。朝勃ちはするのだし、それに便乗して明日の朝には解消できるかもしれない。

 この妙にムラムラした気分は無視して、戻ろう。


 俺は周囲を気にしながらトイレを出ると、とっとと荷物を持ち出して出立しようと一目散に自分の部屋に向かった。


 のだが。


「お帰りなさい」


 俺の部屋にはなぜかジョゼがいた。


「ちょっ……なんでここにいるんだよ!?」

「さっき『待ってますよ』って言ったじゃないですか。早速困っているでしょう?」

「な、なんでそれを……。はっ! もしかして俺が勃たないのは、ジョゼが何かしたのか!?」

「いいえ。ただ、あなたの変化が思ったより早いのと、自慰の詳細を分かっていないだろうという二点から、簡単に推察できたことです」


 自慰の詳細が分かっていない? その意味こそが分からなくて首を傾げる。

 そんなの、竿を擦る以外に何かあるのか?


「自慰なんて、ほかにどんなやり方があるっていうんだよ」

「『女神の加護』の影響があるあなたの場合、おそらく弄るのは前じゃなくて後ろなんです」

「……後ろ? どこのことだ?」


 ジョゼの言うことが全く分からない。きょとんと視線を返すと、彼は困ったように笑った。


「あー……そこからですか……。勘弁してほしいですねえ、そんな顔をされると、このままレクチャーついでにねちねちと弄り倒したくなる」

「駄目ですよ、ジョゼ魔道士。巧斗さんはピュアなんですから、そこは優しく教えてあげないと」

「うわっ、ギース様!? どっ、どこから……?」


 背後から唐突に現れたギースに肩を抱かれて狼狽える。何でだ、いきなり心拍数が上がった。驚いたからではなく、変に胸が疼く。


「……ギース様、もう復活されたんですか。もう少しミュリカ殿の部屋で伸びていてくれればいいものを……」

「巧斗さんの匂いがあまりに誘うので、伸びていられなかったんですよ。それにあなただけが良い思いをするのはずるいでしょう。ハンカチも外してしまって……いただく気満々じゃないですか」

「……まあ、そのつもりですが」


 ジョゼが肩を竦める。

 いただく気って、彼はいったい何をいただくつもりなんだ?


「あの……俺にも分かるように説明してくれない? とりあえず後ろを弄る自慰って何?」

「後ろを弄る自慰っていうのは、アナニーしろっていうことですよ」

「アナ……?」

「だから、お尻の穴に指突っ込んで弄って、オナニーしろってことです」


 俺の問いに答えたジョゼの説明は簡潔極まりなかった。

 しかし、それでも俺の頭の中のハテナは消えない。


「……お尻の穴に指なんか入れても、気持ちいいわけないだろ。そんなの、自慰になるの?」


 幼い頃、座薬を入れられただけでも酷い違和感だった。なのにそんなことをして気持ちいいなんて、俄には信じがたい。

 そう思って訊ねた俺に対して、二人は何故か顔面を押さえた。


「何たるあざとい煽り……っ。これが狙って言ってる訳じゃないからなおさら質が悪いですね……」

「くっ、そんなぴゅあっぴゅあな巧斗きゅんを、指どころか僕のエクスカリバーでブチ犯したいっ……!」


 エクスカリバーとは何ぞや。

 ……まあ、それは置いておいて。

 俺は判明した自慰の内容に情けなく眉尻を下げた。


「今後そんなのしょっちゅうやらなくちゃ駄目なのか? ……だとしたらやっぱり『女神の加護』の能力を少し制限してもらってた方がいいかも」

「まあまあ、早まらないで。ここまでフェロモンが濃縮されることがない限りは、普通の自慰で大丈夫なはずです。『女神の加護』が解放された今、ヒーリングや幸運上昇の絶対値や効果範囲も増えていますし、今後与るメリットも大きい。我々も協力しますから、しばらく堪えて下さい」

「……協力するって言われてもなあ……」


「とりあえず後ろを弄るのが嫌なら、僕たちが前だけでイかせてあげますよ、巧斗さん」

「え!? 協力するってそれ!? ……ていうか、え? その場合は後ろじゃなくてもいいのか?」

「今回は『女神の加護』の女性性の滞りを解消するのが目的なので、自分でして後ろでイくか、私たちにしてもらってイくかの二択なのです」

「巧斗さんが許してくれれば、すぐにでもイかせてあげますよ。一応僕とジョゼ魔道士はそこそこ自制心はありますので大丈夫、怖いことはしません」


 正直俺としては、他人にそんなところを弄られると考えただけで怖いんだけど。

 しかし、そう言ったギースに耳をくすぐられると、なぜだか体の力が抜けてしまう。怖いなら、嫌なら逃げてしまえばいいのに、俺の体が何か変だ。


「で、でも、俺をイかせるだけなんて、二人とも何の得もないだろ……」

「はははご冗談を。可愛い巧斗さんのイキ顔が見られるなんて、とんでもないド級のご褒美ですが何か?」

「同感ですね。あなたにはもう少し、私たちに愛されてる自覚を持って欲しいものです。……あなたでなかったら、ここまで我慢して待っててあげてませんからね?」


 まっすぐ愛情の乗った言葉をぶつけられて、また心臓が跳ね上がる。頬に熱が溜まる。

 怖いけど、嫌じゃないのだ。

 こんなの絶対『女神の加護』のせい。俺の身体がおかしい。

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