第33話 ジョゼとギースのお仕事
オルタの街の城壁が修復できた頃、ジョゼたちの結界を張る作業も終わった。農地も整備してまずは荒地でも育つ野菜を植え、牛舎にはバラルダから牛を10頭ほど連れてきている。
いくらか街らしくなったところで、俺たちは一度サラントに戻ることになった。
「オルタは各地の領主たちが持ち回りで常駐し、面倒を見ることになりました。それでも私とギース様はヴィアラントの動向が気になるのでマメにここに来るつもりです。あなた方も、たまには様子を見に来ていただけると助かります」
明日の撤収の支度をしている俺たちのところにやってきたジョゼは、少し疲れた様子でトゲのない言葉を掛けて去って行った。
その後ろ姿を見送った美由が肩を竦める。
「さすがのジョゼも慣れない土地で神経使う術式と毎日にらめっこだから、疲れてるわね~。師匠と接近できないから癒やされないし。……師匠は、まだジョゼには近づけない感じ?」
「最近は全然意地悪されてないから、気合いを入れば行けないこともないけど……。そうだな、今日が最後だし、夕飯にあいつの好きなものでも作ってやって、少し癒やしてやってもいいかな」
「うん、最近結構頑張ってるからそのくらいのご褒美あげてもいいかも。師匠に悪ささえしなければ、口は悪いけどそんなに嫌な奴じゃないのよね」
美由が俺とジョゼの接触を容認するとは珍しい。まあ、何かいろいろ約束をさせているみたいだし、危険がないと判断してのことなのだろう。
「僕も癒やして欲しいなあ」
「あ、ギース様」
「ギース兄様は勝手に寄ってきて癒やされてるじゃない」
唐突に金髪美形が背後から現れた。神出鬼没はいつものことなので、もう大して驚かない。
「可憐で至極な花の蜜に誘われてしまうミツバチなんだよ、僕は。その甘い蜜をたっぷりと味わい楽しむことができたら、究極の癒やしだと思うんだよね」
「兄様は喩えがいやらしいのよ」
俺の近くに来たギースを、美由がぐいぐいと押しのける。
「なんだい、ミュリカ。先日彼の愛情不足を補う手伝いをしろと言ったじゃないか。愛情ダダ漏れで隠す気もない僕は最適だと思うんだけど」
「兄様のは漏れすぎ、垂れ流しなの。もっと隠して、スモールステップで行って。相手は純真で汚れを知らない子供だと思って。そして不埒な真似は一切するな」
「ミュリカは厳しいなあ……」
二人でそんなやりとりをした後、小さく肩を竦めたギースは、俺に向き直った。
「巧斗さん、明日にはお帰りになってしまうんですよね。その前に、少し街中を見ながら僕とお話をしませんか?」
「え、俺?」
「簡易ですが、監視塔もできました。まもなく夕暮れですし、その上から一緒に夕日を眺めるだけでも」
女性なら即落ち確実の整った笑顔で誘われて、困惑する。
何で俺と一緒に夕日?
「いいよね、ミュリカ?」
「……節度を守った上で、30分程度なら許可します。師匠、危ないから暗くなる前に帰ってくるのよ?」
「……はい」
俺、別に行くって言ってないんだけど……まあ、いいか。
夕飯作る時間まで、まだ間があるし。
「よし、では一秒も惜しい。行きましょう、巧斗さん!」
促されて、ギースの後についていく。
そのまま外に出れば、太陽はだいぶ傾いていた。
それでも日のあるうちはと、多くの人間が未だに作業をしている。通りかかるとみんなが俺に笑顔で挨拶をしてくれた。それが嬉しくて俺も笑顔で返す。
時折相談事に呼び止められたけれど、ギースは特に俺を急かすことなくそれにつきあっていた。
「巧斗さんは、本当にみんなに慕われていますね」
「……そうなのかな? 最近は『女神の加護』のおかげなのかと思ったりするけど」
「その『女神の加護』は巧斗さんの一部なんですから、巧斗さんが慕われている、で何の問題もないと思いますよ。人に慕われるというのは、上に立つものにとって何よりの財産です。大事にして下さい」
あ、だから一秒も惜しいと言いながらも、俺と兵士たちが話しているのを遮らず傍観していてくれたのか。時々意味の分からないことを言うが、やはりギースはとてもできた男だ。
監視塔まで行くと、一応の完成を見たせいか、もうそこで作業をしている人間はいなかった。
入り口の扉を開け、ギースに先導されてらせん階段を上る。所々にある小さな開口から街の景色を見ることができた。こうして上から見ると、だいぶ人の住む街らしくなってきている。
「ここが一番上の見張り台です」
最後にはしごを上がって落とし戸から身を乗り出すと、手摺りに囲われた少し広めのスペースがあった。上には屋根があるが、周囲は360度ほぼ見渡せる。
今はそれが夕日に染まり、美しい風景をさらに幻想的にしていた。
ギースの金髪も夕の光のせいできらきらとした亜麻色に見える。
「これはいい景色ですね」
「そうでしょう。明るいうちに来て、巧斗さんにこの景色を見せたかったんです。……ほら、ジョゼ魔道士たちが頑張って張った結界の片鱗も見えますよ」
そう言われて、ヴィアラントとの国境のあたりを見る。そこには地上からでは分からない大きな術式が、石と木と土を巧みに組み合わせて書いてあった。それが、等間隔で何個も置かれている。
「ジョゼたちはあれを作ってたのか……」
「地上で見て分かるものだと敵に消されてしまうので、腐心して作っているのですよ。でもあれは、一度組み上げてしまえば魔力が作用して災害などでも崩れることはない。人為的に消されない限り、継続します。そして、ヴィアラント側から人間が侵入すると、結界に連動してこの警鐘が鳴ることになっています」
ギースが真上を指さすと、そこには釣り鐘が下がっていた。
「この警鐘が鳴ると、防衛砦とバラルダにも同時に知らせが行くようになっているんです。すごい術式ですよね」
「うん、確かにすごい」
俺は素直に感心した。毎日この作業をしていたのだ、あのジョゼが疲れるのも当然だろう。
「そこからは我々の頑張り次第ですけどね。結界もオルタの街も、そこに住む者も僕が守らなくては」
「……オルタには領主を置かないのですか?」
「ここはヴィアラントとの戦がなくなったら、交易街にしたいというのがアイネル王の希望です。そうなったら置くと思いますよ」
「それまではギース様がオルタとバラルダと防衛砦を守るのですか?」
「オルタと防衛砦は王都や他領の助けもあるから、幾分楽です。ジョゼ魔道士も気にしてよく前線に来てくれますしね」
夕日がもう半分地平に姿を隠している。それを眺めながら語るギースも、何だかんだで少し疲れた様子だ。
「でも、やっぱりギース様に負荷が掛かりすぎている気がします」
「いいんですよ、この仕事をこなすからこそ、これを着けることを許されているんですから」
「これって……腕輪?」
ギースは自身の着けている白い腕輪を撫でた。従を俺に着けている腕輪の主の方だ。
「僕は力も弱いし、剣もからっきしだ。そんな僕が国境を守っている。だからこそ、巧斗さんとの契約輪の継続を認められているんです」
「俺、着ければ強くなるっていうだけで、この契約内容知らないんだけど……。俺と着けることで何かいいことあるんですか?」
「もちろん。あなたの優秀なステータスの5%が僕の能力に上乗せされますし、何よりこうして巧斗さんの近くに居ることを許される。だから頑張れるんです」
彼の説明では、俺と契約輪を着けている利点があまりよく分からなかった。俺より優秀なステータスを持つ人間は他にもいるし、俺の近くにいることの、一体何がいいのか……。
……あ、そうか、『女神の加護』か。俺がいれば、疲れてもヒーリングが効くってこと?
もしそうなら、俺だってこうして頑張るギースを癒やしてあげたいと思う。
「そうだギース様、俺の『女神の加護』であなたを癒やせます? だったら俺、できる限り何でもしますけど」
「なっ……何でも……!?」
俺がヒーリングの提案をすると、ギースは何故か衝撃を食らったような顔をした。
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