第2話 美由、十八歳の誕生日
「……ようやくこの日が来た!」
師匠が私の故郷の異世界に飛ばされてから五年。十八歳の誕生日を迎えた私は、一人であの日と同じ場所に来ていた。
こっちの世界は魔力というものが希薄で、一度ゲートを開くと次の魔力が溜まるまで五年掛かるのだ。八歳の時にこちらに来て、十三歳で帰ろうとしたのもそのサイクルに合わせたからだった。
それがまさかの転移ミス。私の恩人たる師匠を巻き込むとか、担当魔道士をボコボコにしないと気が済まない。この五年武道の修行に明け暮れたのは、その目的も込みでのことだ。
今度こそ異世界に帰る。そして師匠を見つけ出し、こっちの世界に帰す。そのためにも力は必要だった。
「五年か……。師匠、無事だといいけど……」
足下に魔力が渦を巻く。
大丈夫、今度はその中心が私だ。間もなく光は強くなり、私は異世界へと飛んだ。
**********
光が消えると、周囲の景色は一変していた。
石造りの塔の一室。少し古びて見えるが、十年前に私が日本に飛んだ時と同じ部屋だ。そこに、眼鏡を掛けた魔道士の男がいた。
「ミュリカ殿、お帰りなさいませ。いやあ、凜々しく美しくなられましたね」
悪びれない様子で挨拶をするこの男は、ジョゼという。若い頃から魔力と知能が飛び抜けて高く、各地を渡り歩きながら高額報酬の要魔法案件を請け負ってギルドで荒稼ぎしていた奴だ。
私の異世界転移もその案件の一つだった。
「ジョゼ……! あんた、よくも五年前間違ってくれたわね! よりによって師匠を巻き込むなんて、相応の覚悟を……」
顔を見た瞬間にその胸ぐらを掴もうとして、そこにあるエンブレムにふと手を止めた。
……あれ? この竜の紋章、我が国アイネルの……。
「あ、気付きました? 実は私、だいぶ前にこのアイネル王国の筆頭魔道士になりましてね。私をぶん殴ったりすると領主であるお父上がかなり困ったことになりますから、やめておいた方がいいですよ?」
「はあ!? あんたが王国の筆頭魔道士!? ちょ、嘘でしょ、世も末だわ……」
このジョゼという男、当時の幼かった私でもドン引きするくらいの性格の悪さだったはず。それが王国付きの魔道士!?
愕然とした私に、ジョゼはニヤリと笑った。
「嘘じゃありません。その証拠に、これからあなたを王宮に連れて行く任も仰せつかっています。王宮にはお父上も来ることになっていますから、粗相をせずにおとなしく私についてきて下さい」
悠然とこちらに背を向ける様が憎たらしい。そのまま部屋を出て行こうとしたジョゼに、私は取り急ぎ一つだけ問いかけた。
「……待って! その前に、師匠……神条巧斗が今どうなってるのか教えて! 五年前、あんたが異世界から呼び寄せたでしょ!」
「ああ、彼ね。生きてますからご安心を」
「安心できないわよ。あの人、ちゃんとここで生活できてるの? 師匠は無愛想で人付き合いが苦手で、誤解されやすいタイプだから……」
師匠は表情に乏しく、黙っていると不機嫌にしか見えない人だった。その上自分にも他人にも厳しく、実直すぎるゆえに決して世渡り上手な人間じゃない。
そんな人が、こっちの世界でちゃんと受け入れられているのか。
「その辺は大丈夫です。巧斗はこっちに来た当初は反抗的でクソ生意気でしたが、私がしっかり調教……いや、躾け……あ、教育? して差し上げたのでね」
「ちょっと、三回も言い直してるし最後疑問形! あんた、師匠に何したのよ!?」
「いや、たいしたことはしてませんよ? まあ、彼も王宮に来ると思うのでとりあえず行った方が早いでしょう」
師匠が王宮に?
ということは、普通よりは良い暮らしをしているということだろうか。
ジョゼが彼に何をしたのかは気になるけれど、奴隷として働かされていたりしないのならば、いくらか安心できる。
あっちの世界で師匠は武術の指導者としてはかなり有能だったし、その腕を見込まれてどこかに召し抱えられたのかもしれない。
私は少しだけ安堵して、再びこちらに背を向けて歩き出したジョゼの後ろにおとなしくついていくことにした。
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