勇気の剣
少年はきっと瞳に力を込め、剣を握りなおす。あの稽古が嫌だと泣きべそをかいていた少年はずいぶんと凛々しい顔つきになり、よく日に焼け、背が伸び、たくましく成長していた。
風が木々を揺らし、葉を散らす。少年は静かに息を止め、そして一気に剣を振り払った。地に落ちた葉は、全て両断されている。
「ん、上達したね」
木陰に座って見守っていた青年が、にっこり笑って手をたたく。透けるような金髪がきらめき、少年は眩しそうに目を細めた。
「これなら、次の大会はいいところまで勝ち進めるんじゃないか」
師の教えを守り、鍛錬を怠らなかった少年は、同年代の子らに比べてはるかに腕を上げていた。それでも浮かない顔でうつむく。
「どうしても、大会に出ないといけませんか?」
心と身体を鍛え、技を磨いた今でも、ひとに刃を向けるのは怖いままだった。青年はふむ、とうなずき、やはり笑って頭を撫でてやる。
「出たくないなら、出なくていいさ」
少年はほっと表情を緩めた。だが、とカインは付け加える。
「おまえは十分に強い。守ることも、傷付けることもできるほどにね。むやみに試そうとしてはいけないよ」
「はい」
少年は真面目に稽古に戻る。
その夜遅く、大きな音と同時に母親の悲鳴が屋敷中に響いた。
少年は驚いて飛び起き、階段を駆け下りる。客間にひとの気配を感じ、息を殺して様子をうかがった。
赤く濡れた床に倒れる両親、それを見下ろす美しいひと……師と仰ぎ慕っていたひとが、長剣を握ったまま感情のない瞳で少年に視線を移す。
考えるより先に、身体が動いていた。壁に立てかけてある父のサーベルをつかみ、勢いに任せて鞘を払う。
渾身の力で斬りかかったが軽くいなされ、逆に斬りつけられるのをなんとか受け止め、二撃、三撃と容赦のない攻撃もぎりぎりのところでかわす。床に落ちていたナイフとフォークを拾って投げつけ、それを払いのけるわずかな隙に、サーベルを振り下ろした。
おぞましい感触が両手に伝う。肉を断ち、骨を砕く感触。あふれる血液の温度。
「う……あ……ああ、ああっ!」
少年は後ずさり、血に濡れた自分の手を見て絶叫した。
これが、ひとを斬る感触。
怖い、怖い、怖い……!
涙が止まらない。ひどい頭痛と吐き気に襲われ、立っていられなくなる。膝をつき、嗚咽する少年をそっと抱きしめる、力強い腕。
「……俺は、不死身だって、言っただろう」
美しい顔を苦しそうに歪め、息も途切れがちに、それでも彼の師は優しく笑う。そして床に転がる両親に向かって怒鳴りつけた。
「まったく、悪趣味だね。これで、わかったか? この子は……俺とやりあえるくらい、強いんだ」
「いやはや、驚きました」
父親はむくりと起き上がって頭をかく。母親も同じく起き上がり、きまり悪そうに笑いながら部屋を片付けはじめた。
「……」
少年は何が起こったのか理解できずに、ただ涙を流し続ける。
「すまんね。おまえがどれくらい強くなったか、見せろと言われて……」
「……ひどい」
「ん、すまん」
「ひどいよ! 僕、誰も傷つけたくなかったのに! 父さんたちが、し、死んじゃったと思ったから……うう、こんなに血が出て……っ!」
大丈夫だよと抱きしめ、頭や背を撫でてやるうちに、満月が中天に差しかかる。窓から差し込む月光に金髪が淡い光を放ち、やがてその光の粒が青年を包んで傷を癒していった。
「よく立ち向かってきたね。おまえは臆病なんかじゃないよ。だが、おまえの剣はひとを傷つけることができる。ひとを斬る感触は覚えたね? もう、我を忘れて振るってはいけないよ」
少年は師の胸にしがみつき、泣きじゃくりながら何度もうなずいた。
「僕……強くなる。誰も傷つけたり、傷つけられたりしなくていいように、僕がみんなを守る」
青年と同じ金色の瞳に、強い意志が宿る。
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