恋人たちの約束
潮風に金髪を散らしながら、青年フリオ・トマは海岸沿いの小道を歩く。くり返す波の音はどこか故郷のものと似ていて、懐かしさを覚えた。
隣を歩く女性は、うつむいたまま何も話さない。肩を抱き寄せると、かすかに震えていた。
「寒い?」
『……いいえ』
ほんのりと頬を染め、不思議な唄声で応える。年の近いフリオと女王の妹姫が恋に落ちるのに、さほど時間はかからなかった。
「必ず迎えにくるから、信じて待っていてくれ」
フリオは耳元にくちづけるようにしてささやく。
一年のほとんどが雪と氷で覆われる北の大地で、春と呼べる時期はほんの数日しかない。フリオ達が氷塊にぶつかることなく海を渡ることができたのは、ただ運が良かったからである。
まもなく海も大地も凍りつく。それまでに出航しなければ。フリオは氷の大地に留まってもよかったが、仲間たちには帰りを待つ家族がいた。
「来年の雪解けまでに、家を建てるよ。海の見える丘がいいな。君は、きっと暑いって文句を言うだろうね」
美しい唄声を聞きたくて、あれやこれやと話しかけてみるが、彼女は大きな碧色の瞳を潤ませてフリオを見つめるばかり。もはや言葉は不要と悟ったフリオは、そっと抱きしめくちびるを重ねた。
「じゃあ、俺、行くよ」
『……どうか、お気をつけて』
フリオ達の冒険譚に満足し、航海技術や効率のいい漁法の伝授に感謝した女王は、土産にと数々の品を贈った。寒さに強い品種の麦や野菜、珍しい香辛料、火持ちのいい燃料など、積み込みが完了すると、いよいよ帆を張り錨を上げる。
桟橋に現れた女王と妹姫は、航海の無事を天に祈った。
澄んだ空に響く祈り唄、気のいい住人たちが手を振り見送り、風を受け、フリオ達の船はゆっくりと水面を滑り出す。
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