5-2 囚われsentiment

「では宇多さん、また」

「おう。あとでな」


 午後五時、開場時間になり景と宇多は会場入りする。二階席もあるが、景も宇多も一階席だ。と言っても、先程言った通り景は最前列で宇多は最後列、という差がある。二人は軽く手を振り、それぞれの席に着いた。


(やはり、女性の方が多いんですねぇ)


 一時間後の開演時間に近付くにつれ、座席が埋まっていく。会場の外で待機していた時も思っていたが、やはり女性向けの原作だけあって女性率が高かった。中学生~大学生くらいの若い女性が多いだろうか? 七割くらいは女性で、純粋な原作ファンが集まっているのだと感じ、なんとなく嬉しくなる。


(僕、最前列にいて良いんですかね……)


 しかし、景は心の中で苦笑する。背が高めの景にとっては、最前列であることを少し申し訳なく思うのであった。



 ――そして、午後六時を数分過ぎたくらいだろうか。

 開演前のBGMが消え、ついにアニソン戦争が幕を開けた。スクリーンには「囚われのエリオット オープニング主題歌 アニメタイアップ争奪戦」という文字とともに、初披露のキービジュアルが映し出されている。


「皆様、本日は十月より始まりますアニメ、囚われのエリオットのアニメタイアップ争奪戦にお越しくださり、誠にありがとうございます」


 まずは司会進行を務める監督の挨拶から始まり、原作者である鶴海(艶やかな若草色の着物に着替えている)と、恵麻と紗々里もステージに立つ。アニソン戦争を行う前に、原作漫画の紹介、ストーリーやキャラクター一人一人について振り返る。また、初出しのPVも公開され、この映像をバッグに曲を披露する(PVの長さの都合上、テレビサイズのみ)ことが伝えられた。


「さて、そろそろアニソン戦争を始めます。……と、言いたいところですが、最後に一つ皆様のお伝えしたいことがあります。今回、アニソン戦争にしては珍しくネット中継がありません。しかし、映像収録はしております。アニメ放送が始まる一週前に特番が決定しておりまして、そちらでアニソン戦争を大きく取り上げたいと思います。皆様お楽しみに! と、いうことで。そろそろ始めましょうか」


 近年のアニソン戦争はネット中継が当たり前のようになっているが、今回は中継がない。それは前々からわかっていたことで、恵麻も「中継がないのはまだ緊張しなくて助かるかも」と言っていたのを思い出す。

 会場にいくつかカメラがあるのは景も気付いていたことで、監督の説明で納得がいった。恵麻はどのタイミングでこのことを知ったのだろうか。アニメ放送前に特番を組み、アニソン戦争を大々的に取り上げる――。改めて考えると、ある意味ネット中継されるより気合いが入っているような気がする。


「だからカメラが入っていたんですね……。驚きました」

「お二人にサプライズです。囚われのエリオットは、それだけ力を入れて作らせてもらっています!」

「わ、わぁー」


 監督が視線で観客に拍手を促す。拍手が起こるのと同時に、恵麻の笑顔が引きつったような気がした。サプライズ、ということはたった今景と同じタイミングで知ったのだろう。緊張が解き放されてしまっていないか、景は若干不安になる。恵麻の隣に座る紗々里が眉一つ動かさないものだから、ますます恵麻が動揺しているようにも見えてしまうのだ。


「……おや、加島さん。マイクを手に持っていらっしゃるということは」

「ふぅー……。はい、そうです! カエデミュージック所属、加島恵麻が先に歌いたいと思います!」


 深呼吸をしてから、恵麻は覚悟を決めたように一歩前に出る。

 監督の隣までやってきた恵麻は、最前列の景のほぼ真ん前という状況になってしまった。白いワンピースに麦わら模様のパンプスという夏らしい格好をした恵麻と、思い切り目が合ってしまう。

 そういえば、景が最前列であることは伝えていなかったような気がする。


「どうされました? 緊張してますか?」

「あっ、あああ、何でもないです! 緊張している場合じゃないですから!」


 思い切り動揺させてしまった。事前に最前列だと伝えておくべきだったと、景は心の中で反省する。

 恵麻はわざとらしく咳払いをしてから、気を取り直したように客席全体を見つめる。


「私が歌う曲のタイトルは、「囚われsentimentセンチメント」と言いまして、作編曲はデビューからお世話になっている絹本きぬもとサナエさんにお願いしました。そして、作詞なのですが、僭越ながら私が担当させていただきました」

「ほぉ、なるほど。事前の情報によりますと、加島さんは元々囚われのエリオットの読者だったとか?」


 監督に訊ねられると、恵麻の表情が少し明るくなるのがわかった。


「そうなんです! だからアニソン戦争のお話をいただいた時は凄く嬉しくて、私から作詞がしたいとお願いしました。何度も何度も原作を読み直して……。この楽曲は、エリオットを助けたいっていう姉妹の様々な感情を詰め込んだ曲になってます」


 自分が原作ファンである、というのは紗々里にはない武器だ。恵麻はキラキラと眩しい笑顔で曲の想いを告げている。と、ステージの端に座る紗々里の表情が陰ったような気がした。



 ついに、恵麻が曲を披露する時がきた。

 まずはPVをバックにテレビサイズを披露し合い、その後フルサイズをじっくりと聴く流れだ。恵麻がステージの中央に立ちスタンバイをすると、「囚われsentiment」のイントロとともにPVが流れ始める。

 普通のライブと違って座席に座ったまま、流れる音楽と歌う恵麻、そしてバックで流れるアニメ映像に集中する。

 どんな曲なのかというのは、恵麻から一切聞いていない。だからそこ意外だった。Aメロ~Bメロまでは、OP曲にしてはゆったりとしたテンポだったのだ。ピアノの旋律がどこか切なく、耳に心地良い。恵麻の優しい歌声が、バックに流れるミクスやミリナの儚げな表情とリンクして見える。

 と思ったら、サビで印象がガラリと変わった。激しく疾走感のある、アニソン独特のメロディーに、鋭くなる恵麻の目つき。映像もちょうどアクションシーンになり、観客の目の色も変わった気がした。エリオットを守りたいんだという姉妹の感情もサビとともに爆発して、一気に引き込まれていく。


 ――これは、勝ったかも知れない。


 なんてことを言ったら、負けフラグになってしまうだろうか。でも、思わず確信したくなってしまう。PVじゃなくて、早くちゃんとしたOP映像を見てみたい。早くもそう思ってしまう程、景は恵麻の楽曲が良いと思った。

 歌い終わると、自然と拍手が巻き起こる。すると恵麻は安心したのか、景と視線を合わせてきた。自信満々のドヤ顔にも近い笑みに、景自身も喜びが溢れるのを感じた。


 ――自分のすべてを、ぶつけることができたんですね。恵麻さん。


 まだ、終わった訳ではないけれど。

 きっと、後悔はないのだろう。そう確信できるステージだったと、景も思った。

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