第24話:南の町の解放宣言忘れてた

 早速カインを巻いた田中は、町の散策を始める。

 何やら、慌ただしく犬の魔族が町を掛けずり回っているが、そうだろうな……

 自分とこのボスが負けて、どこの誰とも分からない人に連れていかれちゃったわけだしね。

 そんな事を考えていると、せわしなく走り回っている魔族の1人とぶつかる。


「気を付けろ! くそ人間が!」


 そう言って殴り飛ばされそうになるが、田中の魔法障壁によりあっさりとその拳は止められる。


「チッ! 黙って殴られてろよ!」

「おいっ! ほっとけ! それよりも、今はウルバス様の捜索が先だ」


 立ち止まって田中に因縁を付けようとしたその男を、他の魔族が止める。


「次見かけたら、ぶっ飛ばしてやるからな!」


 男が唾を吐いて、そのまま走り去っていく。


「それは楽しみだな……そんな事よりも、面白そうなお店は無いかな」


 特に気にすることも無く、周囲を見渡す。

 しかし、殆どのお店の扉にCLOSEの文字が書かれた看板が掲げられている。

 よく見ると、町を歩く人通りも殆どない。

 んー、どういう事だろう? 

 適当に歩いていると、目の前をオドオドとした姿で歩いている中年の男性が目に入る。


「ああ、そこの人、ちょっとお尋ねしたんですけど、何かあったんですか?」


 その男性は呼び止められると、面倒くさそうにこっちを一瞥すると無視して歩き始める。

 しかし、そこはあえて空気を読まずに肩を掴んで止める。


「何かあったんですか?」

「チッ! 何かあったもクソもねーよ! 旅人風の人間の男が領主様の館を襲撃して、あろうことかやっつけちまったんだよ! あんたも早く隠れねーと、魔族様から何されるか分かんねーぞ!」


 それだけ言うと、中年の男性は田中の手を振りほどいてそのまま走り去っていく。

 ああ、そう言えばまだこの街は魔族の統治下って事になるのか。

 面倒臭いな……


「えっ?」


 次の瞬間、田中の転移魔法によってウルバスが町に連れ戻される。


「おい、取りあえずこの街の解放宣言と、魔族の撤退宜しく」


 状況が掴めていないウルバスに、いきなり命令する。


「えっと……えっ?」

「だから、目立つところで撤退を宣言しろって言ってるんだよ! それから、報復行動もしないと伝えろ。どうせ青騎士もこっちに付いてるんだから、すぐには中野も手出しできねーだろ?」


 そう言うと、ウルバスを引っ張って歩き始める。


「ちょっ! 分かりました! 自分の足で歩きますから、放してくださいよ!」


 悲痛な面持ちでウルバスがそれだけ言うと、田中の前を歩き始める。

 そして二人が向かったのは、町の中心にある広場だ。

 そこに向かう途中で、他の魔族が二人を見つけて取り囲んだが、ウルバスの説明で手を出すこともできずにその後ろを付いて歩く。

 魔族の行列を引き連れて歩く姿を、町の住民が建物の中から隠れて見ている。

 街の中心に辿り着いた所で、ウルバスが解放宣言を行う。


「我々はこの街から手を引く! このことに対する、大魔王軍の報復行動はほぼ無いと保障しておこう。もしあるとすれば、その対象は我を打ち負かした、件の旅人に対してだ!」


 その言葉に、広場の付近の建物から数人の人間が飛び出してくる。


「ウルバス様! 今のお言葉は本当ですか?」


 それから、その中の1人が恐る恐る尋ねると、ウルバスが大仰に頷く。


「ああ、我はこちらにおられるタナカ様に従う事にした。故に他の魔族の者達は各々好きにするが良い。ただし、こちらのタナカ様は、人と魔族の対等な共存を掲げておられる故、人に害をなすという事であれば、すぐに撤退をすることを進める」


 これは、ここに辿り着くまでに田中と軽く打ち合わせた内容だ。

 一応、魔族サイドは大魔王中野、人間サイドは勇者とそれを後押しする、魔族の統治下に無い大国、そして、新たな勢力としてその魔族、人間の共存を掲げた勢力として田中が台頭することとなる。


「ああ、俺は田中だ! 人を害する魔族、魔族を害する人には容赦はしない。だが、お互いを理解し歩み寄るという事であれば俺はお前らを守ってやろう」


 その言葉に、魔族、人間のどちらからもあまり良い反応は見られない。

 それもそうだ、いくら田中の本心だとしても、魔族は田中の実力を知らないわけだし、人間にとっても魔族というの恐ろしくも憎らしい存在だ。


「いきなりしゃしゃり出て来て、偉そうな事を言うな!」


 これは、犬の警備隊の隊長の男だ。

 次期百人衆と名高い剛腕の持ち主で、ようやく出世の道が見えて来た矢先のことだから納得は出来ないだろう。


「そうだ! 俺達だって魔族にされてきた事を簡単に許せるわけないじゃないか!」


 これは、魔族の暇潰しに腕を潰された職人の男の声だ。

 それも左利きの魔族に、右利き用の鋏を売ったというくだらない理由でいちゃもんを付けられたうえでだ。

 どちらにしろ、双方の溝は深いものだというのは分かる。


「やめろ……すでにブルータス様もこのお方の下に付いている」

「えっ? 青騎士様まで?」


 ウルバスの言葉に、隊長の男の顔が急に青くなる。

 自分が目指す百人衆の1人が倒された程度ならと考えていたが、その百人衆が束になっても敵わないと言われる四天王の一角が、この得体のしれない優男の下に付いたという。

 もしそれが事実であるとすれば、この男はとんでも無い存在だという事となる。


 そして、田中は田中で腕を潰された男に治療を施す。


「えっ? 腕が……腕が動く? しかも、前と全く同じように?」


 男が自分の腕を、曲げたり伸ばしたりしながら驚きを表情に浮かべる。


「取りあえず俺の下に付けば、安寧と将来を約束するがどうなんだ?」


 男の様子を満足そうに見据えて、田中が提案をする。

 と言っても、町ごと配下に加えようという目論見だ。

 この際、国盗りも面白い気がしてきた。

 戦国シミュレーションゲームで、イージーモードで小国から天下統一を目指すような地道な楽しさが想像できる。


「しかし……魔族と人が……」

「ああ、出来るさ……中野なんて俺の敵じゃないからな」


 田中にしてみれば、別に大した事を言ったつもりは無いが、周囲の人間は何を馬鹿な事を言ってるんだといった視線を向けてくる。


「皆信じて無いな? でも俺なら、この世界の魔族と人間全てが束になっても、簡単に滅ぼす自信ならあるぞ?」


 そう言って、田中が魔人化する。

 しかも一切の自重無しの、魔力の全力開放だ。

 衆目の中で、茶髪の優男が黒髪、黒瞳のロン毛の禍々しい角の生えた魔人に変化する。

 周囲を信じられない程の魔力が奔流している。


『えっ? 』


 周囲に居た全員が、その桁外れの魔力の量に慄きひれ伏す。

 絶対に逆らってはいけない……その魔力を個人に向けるだけで消し飛んでしまう……そんなイメージすら容易に出来てしまう程の魔力だ。

 結局、カインは田中のこういった所に似てしまったのだろう。

 まあ、カインはちょいちょい使いどころが可笑しいが。

 今回の田中は説得が面倒くさくなって、真の姿を晒した。

 だが、カインはカッコいいという理由で同じことやってしまう。

 田中に言わせてみればこの辺りが、役者が違うといった事になるのだろう。

 まあ、第三者からしてみれば、やってる事は一緒だ。

 ただし、当人たちは気付いていないだろう。


 勿論、ウルバスも同じようにえっ? といった表情を浮かべている。

 そして、カインが相手で済んだことを、心の底から安堵する。

 このクラスの魔人を相手にしたら、相手が自分を手下にする為に殺さぬよう手心を加えたとしても、加減を間違えたの一言で消し炭にされてしまう可能性もある。

 まあ、田中が蘇生まで使えると知らなければ当然のことだが。


『この場に居る我々一同、皆貴方様に従います』


 魔族と人間が、揃って同じ言葉を口にして頭を垂れる。

 中々に悪くない連携だ。


「ならば、早速この街に居る者達に伝えろ。そして従えないというのであれば、俺の元に来い! 近くの町まで送ってやろう。あっ、ウルバスはもういいや。城に帰ってろ」

「えっ?」


 次の瞬間、その場の全員が見ている中でウルバスが光に包まれて消える。

 こうして、この世界初の魔族と人の共存できる町が誕生したのだが、住民たちは一様に複雑そうな表情を浮かべていた。

 だが、それもその日の夕方に田中が開いた、魔帝のディナーショーで一挙に解消される。

 ここでも自重せずに、魔法で様々な料理を作り出して、酒を振る舞い、好き放題やらかした結果、この街の食堂街に多大なインスピレーションとセンセーションを巻き起こし、魔族と人が互いに切磋琢磨し中央世界最大のグルメ都市になっていったのは別の話である。

 そして、まだこの街に居たカインがその会に参加した際に、ようやく世界を救う救世主として自己紹介をすることが出来た。

 とはいえ、その場に居た全員が、胡散臭いものを見るような目でしか見ていなかったことを本人は知らない。


 ―――――――――

 一方北の世界では……


「ようやく準備が整いましたわ!」


 ムカ娘が、自分の眷族と他の幹部から集めた眷族を目の前にして、意気揚々としていた。


「あとはこれらの僕を連れて、中央世界に連れて言って貰うのを待つだけですわね」





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