第57話:慟哭

「よいしょーい!」


 気合を入れて、魔力を手に込める。

 次の瞬間掌から4本の闇の剣が現れ、コウズさんの身体を地面に貼り付けにする。

 一応、身体は傷つけずに無駄の多いローブを。

 なかなか、いろいろと刺激される魔法。

 両手を下に広げて、足を真っすぐに延ばしちょっとだけ足先を前後に交差させる。

 その際に少し宙に浮いて、つま先を伸ばすのがコツ。

 片手の掌から2本ずつ、真っ黒な剣が出てきて相手に向かって飛んでいく見た目はかっこいい魔法。 


 流石に、常時神気を押さえる闇の魔力を纏った剣だ……いくらコウズさんでもこれは抵抗出来ないだろう。


「くっ……またか! お主、何故わしを殺さぬ!」


 コウズさんが地面に縫い付けられたまま、こちらを睨み付ける。

 その表情には、すでに諦めの色が見え始めている。

 ようやく、引いてくれそうだな……


「魔王様!」


 そこにウロ子とムカ娘、さらに3人娘にライ蔵が現れる。


「随分と時間が掛かったな」

「申し訳ありません……思った以上に人間共の抵抗が激しく、至る処にて住民が襲われておりました故」

「構わん! 取りあえず城下町の勇者共の制圧と、あとはそうだな……このじじいを見張っとけ! ってうわっ!」


 そこまで言ったところでいきなりラダ娘が斬りかかって来る。

 そういえば、こいつも勇者だったな。


「うわー! 身体が言う事利かないよー! 魔王死ねー!」

「ラダ娘何を!」


 なにその、大根役者っぷり。

 そして、ムカ娘が本気で驚いているのを見て心配になる……大丈夫かこいつ?

 そんな場合じゃないので、ラダ娘を比較的思いっきりぶん殴る。


「痛すぎる―!」

「うっさい! ふざけてる場合か! お前は無事なんだな?」


 頭を両手で押さえて、ラダ娘が涙目でこちらを見上げてくる。

 まあ、蟷螂女に上目遣いされてもそこままそそられないが。


「ふん! 私のムカ娘様への愛はこんなもので揺らぎませんわ!」


 ああ、完全にムカ娘ポエムの会の筆頭だもんな。

 言うなればムカ娘教の教皇ってとこか?

 若干そら恐ろしいものを想像しつつ、6人に後の事を任せる


「任せてくださいまし! 行くが良い、”刺します娘s”! それとお主らもじゃ!」


 何そのチーム名……”刺します娘s”って……他に名前無かったのか?

 怖いから! なんか、ヤンデル感じがする響きで怖いから!

 3人娘がニヤリと笑ったかと思うと、一気に飛び立つ!

 アン娘も羽を生やす事が出来たのか……何気に高スペックだな……

 その後ろから、この街最強の部隊が追いかけていく。


 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ


 俺でもあいつらとは肉弾戦したくないな……

 惑う事なき、我が城最強の部隊はお前らだ!

 そう、お前らがナンバー1だ!


「では、私は勇者共の身体の自由を奪って来ます!」


 そうこうしてるうちにウロ子が翼を生やしたアジ・ダハーカ形態に変身すると、上空から石化の視線を送り始める……大丈夫かな? 間違えて住民を石にしたりしないよな……

 一抹の不安を抱きながら、ライ蔵の方に目をやると、無言で頷く。

 うん、コウズさんの見張りはお前に任せた!

 無言でのやり取り。

 信頼しあった幹部とだから出来る、コミュニケーションだな!

 俺が親指を立てると、ニカっと笑って槍を抜いて一気に駆け出して行った。

 ……


「アホ共が! 誰がコウズを見張るんだよ!」

「お主も大変じゃのう……」


 コウズさんが憐れな物を見るような眼で、こっちを見てくる。

 こっち見んな! 埋めるぞ……そうだ、埋めよう!

 仕方が無いから、穴掘ってそこに闇の魔力を流し込んでコウズさんの首から下を埋める。

 さらに闇の格子で辺りを取り囲む。

 さらにその外側を……


「ちょっと待て! どんだけ心配性なんじゃお主は!」


 コウズさんが何か喚いてるけど、まあ慎重に慎重を重ねて悪い事なんか無いしな。

 外側を闇のキューブで包んでから地面ごと上空300mくらいの場所に固定する。

 さらに、迷彩を施しおく。

 これなら大丈夫だろ。

 それから一気に謁見の間まで転移する。


***

「来タナ……タナカ……」

「田中さん! マイさんが!」


 俺の玉座に腰かけ、片手に北条さんを抱いてこっちを見下ろす。

 横で北条さんが、こっちに向かって悲痛な叫びをあげる。

 女神の力を持ってしても抜け出せないのか……

 おー、ラスボス感出てるなー……マイだけど。

 さしずめ、俺は女神を救いに来た勇者か?


 そして、その前で蛇吉と絶倫が片膝を付いている。

 エリーに至っては、壁際で座り込んでいる……意識無さそうだな。

 しかしまあ、とんでも無い魔力を内包しているとは思ったがここまでとは……


「魔王様、申し訳ありません!」

「まさか、たかが人間がここまで強いとは……拙者もまだまだ……」

「フフッ……タカガ魔族ノ分際デ……」


 マイがそう言い放つと、掌から神気を放つ。

 2人が弾き飛ばされて、地面を滑り壁際まで追いやられる。


「ソコデ、壁ト踊ッテロ!」


 それから神気で作りだした剣で二人を磔にする。

 おいおいおい、コウズさんの比じゃねーぞ……

 それどころか城内で鎮圧された勇者達からも神気が集まっているのか、次々とマイに光の玉が集まって来る。


「マイ! 聞こえるか?」

「聞コレテルワヨ! 虫唾ノ走ル声ガ!」


 そう言って、マイがこっちに向かって神気を飛ばす。

 凄いな、それぞれが武器の形をしてる。

 かっこいい。

 でもまあ、避けるまでも無いレベルだ……

 魔人形態の俺の障壁の前には、ちょっとした攻撃くらいじゃ罅も入れられないしな。

 あっさり防がれた事で、マイが片眉を上げる。


「相変ワラズ……出鱈目ナ男……」

「マイさん、何を! きゃあっ!」


 マイが光の檻を作り出して、北条さんを拘束したあとこっちに一足飛びで間を詰める。

 余りの早さに一瞬反応が遅れたが、攻撃が当たる前にマイを転移で部屋の入り口に飛ばすと、自分も転移して玉座に腰かける。

 ふんっ……普通は勇者と魔王ってのはこういうもんだろう……


「マイよ! なにゆえ、もがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆくものこそ美しい……さあ、我が腕の中で息絶えるが良い!」


 俺がお決まりのセリフを言い放つと、マイがニヤリと笑う。

 それから、持っていた剣を捨てて新たに光を放つ剣を造り出す。


「久シブリネ……長カッタ戦イニ決着ヲ付ヨウ……コノ聖剣アロンダイトで!」


 マイがその場で剣を振るうと、轟音を立てながら光の斬撃が迫って来る。

 また俺の部屋が……

 俺は椅子に座ったまま、その斬撃を城の上空から天に向かうように転移させる。


「クッ! クソガァ! 相変ワラズムカツク野郎ダ! ソノ余裕、消シ去ッテクレル!」


 一気に俺との距離を詰めると、怒涛の斬撃を浴びせてくる。

 その一撃一撃から神気が迸り、ガキンッ、ガキンッっと鈍い音を立てながら俺の障壁にぶつかる。

 障壁をどうにかしたところで、俺の完全状態異常無効をどうにかしないと傷を入れる事は無理なのだが……


「ふーん……この程度なのか?」


 俺が手を翳すと、マイの手からアロンダイトが消える。

 転移で、俺の手に移したのだ。

 それから闇の魔力を流し込む。

 魔剣アロンダイトの完成だ……

 それにしても、この世界は堕天した天使やら、魔剣堕ちした聖武具が良く使われるんだな……

 アロンダイトも、確か魔剣堕ちした剣の一つだったしな。

 俺が片手でその剣を振ると、闇の斬撃が発せられてマイを弾き飛ばす。


「くっ…………タナカ……タナカ……助け……ウワァァァ!」


 一瞬マイの目に正気が戻ったかのように見えたが、さらに光の玉が集まりマイの目から再び光が消える。

 それどころか、黒かった髪の毛が真っ白に変化したかと思うと、鎧と剣が再度具現化される……


「ふう……タナカ……お前を倒す! なんで、私はお前なんかにこだわっていたんだろうな……」


 それからスッキリとした表情でマイが、こっちに言い放つ。

 白い髪……黒髪の魔力全てが神気に転換されたのか……

 それどころか、これ完全に洗脳が終わってる感じだよな。

 目にも光が戻っているし……


「世界は、私が救う!」


 それから剣を持っていない手をこちらに向けて、光の波動をこっちに向かって放つと障壁が掻き消される。

 そして、目の前に一瞬で移動して斬りかかって来る。

 初めて当てられたな……

 といっても、ダメージは無いけどな。


「ふーん……でもそれで救われるのは世界じゃなくて人間だけだろ?」

「ふんっ、この世界には人間さえ居れば十分じゃないのか?」

「いーや、魔族も人間も全てを救ってみせろよ! 勇者なんだろ? 魔王の俺でも出来るぞ? そして……俺はお前を救う」


 マイの神気に向かって、闇の魔力をさらに凝縮してダークマターを作り出して包み込む。


「クッ……邪魔するな!」


 マイが振りほどこうと剣を振るうが、剣が徐々に崩れていく。

 光を奪われ、神気を奪われ、形を維持するのも難しくなってきたみたいだな。


「流石魔王様です!」


 絶倫がこちらを見て、賛辞を送ってくるが、そんな事したら……


「うっさい! 黙れ変態!」


 マイが片手でかろうじて、神気を放って絶倫にぶつける。

 折角見逃して貰ってるのに、自ら注目を向けるとかアホだろ。


「バカでゴザル」


 うちの頭脳代表が、脳筋トップ3の一角に馬鹿にされてるのは中々に面白いな。

 さてと……


「他所に気を向けるとは余裕だな……」


 マイの気がそれた瞬間に、一気にダークマターの量を増やして神気を奪いに行く。

 さらに新たに注入さらる神気も、ダークマターによって掻き消す。

 これでじき、マイも正気に戻るだろう……

 突如マイが頭を押さえて蹲る。

 どうやら、なんとかなりそうだな……


「なんで……なんで邪魔するの……私はマイ・ノースフィールド……キタノマイ……本当なら私が魔王で、貴方が勇者になるはずだったのに……」


 どういう事だ?


「前世でもずっと、ずっと見守って来たのに……私の手からスルリと抜け落ちて、先に行っちゃうなんてさ……」


 マイの言っている意味が分からない……


「こんなに見た目が変わってたら……分からないよね……」


 見た目? 前世? 見守って来た?……


「私はいらない子……私はいらない子……ああああああああああ!」


 なんだ、意識が混濁しているのか?


「おいっ! マイどうした! マイ!」


 俺は慌ててダークマターを解除する。

 その瞬間を狙って神気の光がマイに殺到するが、それらを全て消し去るとマイに駆け寄る。


「田中……逃げて……頭が……! 頭がああああ!」

「マイ? マイどうした!」


 次の瞬間背後に、とんでも無い魔力を感じて振り返る。

 そこには、中野が黒い球を持って立っている。


「ふん……余計な事は言わなくていいんですよ? それにしても本当に想定外の男ですよ貴方は……」

「中野!」


 片手に体内の魔力を集めて、中野に向かって放つと中野が吹き飛ばされる。


「なっ! 僕が避けられなかっただって?」


 中野が口から血を流しながら、驚愕の表情を浮かべる。

 あれっ? こいつ弱くね?

 キタよりは遥かに強いけど、暴走マイよりは弱い気がする。


「本当にやっかいな男だよ……でも、僕にはまだまだ切り札がってうわっ!」

「黙れ! 帰れボケー!」


 チッ! 避けられたか。

 なんか言い出したから、不意打ちでもう一発衝撃波を放ってやったがちょっと距離が遠すぎたか……


「喋ってる途中にってうわっ!」

「黙って殴られとけ!」

「ブハッ!」


 俺は魔法で中野を目の前に転移させると、思いっきりぶん殴る。

 中野がキリモミ状態で吹っ飛んでいく。


「なっ……僕を転移させるだと! それに、たかが魔王の分際で、大魔王たる僕を殴るなんて不敬な!」

「ふんっ、ならたった今から俺が大魔王だな……」


 そう言って、中野の前まで歩いて行くと。

 中野がヒイッと小さく叫び声をあげて蹲る。

 そこに容赦なく蹴りを叩き込む。


「グッ……くっそ……こいつ、魔神……いや邪神レベルじゃないか……」

「だ~か~ら~! 黙れよ~……この茶番、お前が仕組んだんだろ? 女神連れ去ったらどうなるか知ってたんだろ? だから、あっさりと俺に北条さんを譲ったんじゃないのか? どうなんだよ? ハッキリ言えよゴルァッ!」


 ガンガンガンガンガンガンガンガン


 俺がしゃがんで中野の頭を掴むと、顔面を何度も地面に叩き付ける。


「ウッ! ヒッ、ブッ! グハッ! ヤメ! やめろっ! ちょっ! やめっ!」


 中野の顔面がどんどん腫れ上がっていく。

 勿論、叩き付ける地面は魔力で強化済みだ。

 そして俺の腕力も強化済みだ。

 さらに!


 ジューーーーーーー


「熱いーーー! なんで? うぎゃぁぁぁぁ!」


 地面に熱を持たせて、中野の顔面を押し付ける。

 肉の焦げる音と、匂いが辺りを包み込む。

 炎熱耐性? んなもん、関係ないよ?

 俺が燃やしてんだ。

 それで燃えないってのは、異常だよね?

 じゃあ、状態異常無効さんのお仕事だわ。


「お前さー……何してくれてんの? うちの国に? あっ? コラッ!」


 それから顔を思いっきり上げさせて、睨み付ける。

 うわっ、ひでえ面だな!


 再度地面に顔面を叩き付けると、中野の後頭部を踏み付ける……ジューという音がして、湯気が上がっている。

 まあここまで非道になれるのも、こいつが痛みなんて微塵も感じてないからだけどな。

 凄いよ大魔王様の超回復。


「ググググ……調子に乗りおってから……マイ!」


 地面に踏み付けられている中野の左手から、魔力を感じたかと思ったら次の瞬間誰かが俺に抱き着く。

 さらにその一瞬の隙をついて、中野が俺の手から抜け出す。

 振り返ると、マイが俺に抱き着いている。

 いま、そんな場合じゃないんですけど……

 中野の持つ黒い球からマイに向けて精神支配が行われているのを感じ取って、中野に再度掴みかかろうとするが一足早く転移で逃げられる。


『フフフ! 田中お前、最高だよ! 僕が居なかったら間違いなく、この世界は全てお前のものだろうな! だが、これでチェックメイトだ!』

『待てコラッ!』


 俺も転移で、中野の後を追おうと気配を探るが、それより先にマイの異変に気付く……


「タナカ~……ごめん……私……」


 やべー、これ魔力も生命力も暴発してんじゃん。


「おいっ! マイしっかりしろ! 神気を押さえろ!」

「無理……もう、止められない……」

「くそっ、マイ!」


 俺も自分の魔力でマイを抱きしめての暴走を抑え込もうとするが、収まる気配が一向もない……


『やめろ! おいっ! 中野! 止めさせろ! こんな事しても無駄だから!』

『ふん、魔王級の勇者の神気の暴発だ。いかに田中さんでも防げないでしょう……それじゃぁ、死んでください』


 それから、完全に中野との交信が途絶える。

 視線を下に落とすと、マイが涙でグシャグシャになった顔をこっちに向けて悲しそうに微笑む。


「ふふふ……本当にタナカの腕の中で息絶えるなんてね……こんな事になってほんとうゴメン……でも、死にたくないよーーーーー」


 次の瞬間マイの身体が光に包まれたかと思うと、辺りを膨大な神気の渦が包み込み激しく光を放って爆発する。


「マイーーーーー!」


 全力で爆発の衝撃を抑え込むが、爆発の原因までは守り切れない。

 そして、マイの身体が一瞬で弾ける


(ごめんね……いちゃん……)


 

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