第55話:勇者の暴走

「タナカ……あれ……」


 マイが指を指したのは聖教国がある方向だ。

 そこから目視出来るほどの神気が立ち上り、魔国に向かってくる。

 いや、距離的にそんなはずは……実はこの世界の星は丸くないのか?

 もしくは、それすらも超えるほどの巨大な神気か……


「敵の攻撃か! マイは先に城に戻ってろ!」

「えっ? ちょっと待って!」


 俺はマイの言葉を無視して慌てて彼女を城に転移させると、神気が向かってくる方向に移動する。

 これは、ちょっと穏やかでは無い雰囲気だな。

 いくつもの神気が魔国に向かって飛来する。

 見えてから到達が、早すぎるだろう。

 俺は咄嗟に障壁を張って防ごうとしたが、光の筋は意思を持ったかのように不規則に動き魔国領に降り注ぐ。

 次の瞬間、町の至るところ……いや領内のあちらこちらで神気が膨れ上がるのを感じる。


「うわっ! 急に何するんだ!」

「おいっ、大丈夫か? うっ!」

「オ……オマエラ……逃ゲロ……」

「どうしたってんだ一体!」

「魔族……魔族! 魔族! 魔族! 殺ス!」

「やめて! どうしたって言うのよ!」

「馬鹿野郎!」

「黙レ! 黙レ! 臭イ息ヲ吐クナ! 女神ヲ返セ!」

「女神……女神ハ、ドコダ! 言エ!」


 ちっ! 狙いは勇者か!

 魔国に飛来した神気が街の特定の箇所を狙ったかのように飛来していたが、まさか勇者にこんなからくりがあったとは。

 神気をまともに浴びた勇者の手の刻印が強い光を放ち全身を覆っている。

 一緒にいた、普通の人間たちもただ事じゃない様子に怯えて……いや、ドン引きしてるのか?

 まあ、ちょっと痛い感じのなんか、厨2的な暴走っぽく見えなくもないし。


「クッ、俺ノ聖人眼が疼ク……皆、逃ゲロ……」

「奴ら、コンナトコロマデ……皆を巻き込む訳にはイカナイか……」

「俺はなんちゃって勇者じゃない。奴の別人格のレイナだ!」


 最後の奴は、なんちゃって勇者だったんじゃないかな?

 一番、普通に喋れてるっぽいし。

 って、そうじゃない。

 勇者どもがパワーアップしてるのは、間違いないし。


「これじゃ……まるで呪いじゃねーか!」


 俺は急いで住人に斬りかかろうとする勇者の前に踊り出る。

 全く戸惑う様子もなく振るわれる剣に、アメーバ族の少女……少女かな?

 リボン付けてるから少女だろうな。


 完全に固まってしまっている彼女を庇うように背中で隠し、勇者の剣を片手で受け止める。

 それなりに力が上がっているが、慌てるほどじゃない。

 俺にとってはだが。


 それよりもカチッという幻聴と、ポッという擬音。

 アメーバ族の少女との間にフラグが立ったとかじゃないよな?

 そっちの方が、脅威……

 まあ、彼女の反応から分かるように一般魔族したら、この強化勇者が脅威だな。



「おい! やめろ」

「ウワッ!」

「何するんだ!」

「グフッ」

「こいつらの目なんかおかしいぞ! 操られてるんじゃないか? っと、邪魔だよ!」

「ゲフッ!」


 ってほどでも無さそうだな。

 操られている事で動きが単調になってるのか、落ち着きを取り戻した住民達がなんとか相手どって抑えている。

 パワーが上がって、技術が落ちた感じか。


「ハア、ハア……ヤリヤガッタナ!」

「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」

「女神ヲ探セ!」


 身に纏った神気の力なのか一瞬で怪我が治り、勇者達がユラリと立ち上がる。

 オートりジェネレーションって、反則だと思う。


「全テヲ切リ伏セロ! ブレイブダウン!」


 なんだあれは!

 技名を発した勇者の剣に纏われた神気が天高く伸びたかと思うと、そのまま振り下ろす。

 あれは不味い!

 即座に魔法障壁で防ぐが魔法障壁の範囲外、剣の延長上にある建物が二つに割れる。

 おいおいおい、一体この国に何人の勇者が居ると思ってるんだよ!


『おい! 聞こえるか幹部共! 勇者共が暴れ出した! 至急兵を城下に寄越せ! それから、領内の勇者が集まってくるはずだから、城壁を固めろ』

『魔王様! 分かりました!……マ……マイさん? 何を!』


 ちっ! マイも喰らったのかよ!

 通常の勇者でこのレベルの上昇値だ、日本人勇者達はどれほどのものになっているのか想像もつかない。

 城に送り届けたのは失敗だったか。


『魔王様! スッピン殿の様子が!』

『カインも、動けそうにありません!』


 ちっ、あいつらもそう言えば元勇者だったか……

 しかし、カインの刻印は俺が改変したはずだ!……だからこそ、動けないレベルなのか?

 取りあえず、どこから向かえば……


『アニキー! ユウちゃんとタカシは任せといてーな!』


 ユウとタカシ?


『ショウはどうした?』

『ショウは神気を見た瞬間に、あれはヤバいゆーて結界張って弾き飛ばしよったから、こっち側や! 2対2やからなんとかしてみるわ!』


 本当にショウは優秀な奴だな……

 流石、比較的まともな日本組。

 頼りになる奴だわ、比嘉だけだったら一瞬で終わってだろうな。


『よし、分かったそっちは任せた! 俺は城内の制圧に移る!』


 俺はそう言うと、何体かの魔物を呼び出し城内の住人の救出に向かわせる。


「おい! お前らの戦闘力じゃ引き分けも怪しい! 取りあえず女性と子供を城内に運べ!」

「ガウッ!」


 俺が呼び出した狼型の魔物が代表して答えると、町のあちらこちらに散る。

 さてと、とっととここを片付けて城に戻らないと……


「よし、お前らに魔王の力を見せてやろうじゃねーか!」


 俺は全力で魔力を解放して、勇者達の元に向かう。


「マオウ! マオウ! マオウ!」

「女神ヲ返セーーー!」

「殺ス!」


 おおう……こうやって生気の無い集団を前にすると……こうクルものがあるな。

 アンデッド集団を配下に置いてる身で言うのもなんだが。

 でも、こんなとこでモタモタしている訳にもいかないからな!

 よしっ! いっちょやってやるか!


『おいっ! 絶倫と蛇吉でマイを押さえろ! 怪我はさせんなよ! エリーは待機だ! 他の幹部は至急城下に……』


 そこまで伝えたところで、一際大きな神気を纏った男が現れる。


「約束通リ……来テヤッタゾ……」


 ちっ、コウズさんか……厄介だな……

 つーか、この人勇者じゃなくて教皇だよね? 操られてね?

 この人も、元勇者ってオチか?

 通常時でもかなり強い部類だったのに、こいつは少し時間が掛かるかも。

 手加減なしなら一瞬だが、殺してしまうかもしれないし。


「ちょっと、今あなたの相手している暇は無い……かなぁ?」

「黙レ!」


 いきなり斬りかかってきやがった!

 流石教皇、一撃一撃が神気を纏っていて地味に重い。

 しかも早い。


「くっ! モタモタしてる暇はねーっつのーに!」

「安心シロ! 殺しはせん! ダガ、ワシト同ジ思イハ味ワッテモラウガノ!」


 んっ?

 いま口調が……あれ?


「だー! 元気なジジイだな! 折角回復してやったんだから、余生を大事にしろよ!」

「誰がじじいじゃ! 少しは……魔王殺ス!」


 ……


「おいっ!」

「ナンジャ?」


 今更とぼけんなクソじじいが!

 こいつ正気じゃねーか!

 なんでわざわざ演技までして、こんなとこ来てんだよ!


「コウズさん……正気ですよね?」

「なんの事かのう?」


 おりゃっ!

 思いっきりコウズさんを殴り飛ばす。

 コウズさんが吹っ飛んでいって壁にぶつかる。


「いったいのう! 少しは年寄をいたわらんか!」

「やっぱり、正気じゃん! 何しとんすかあんた! てか、これなんなんすか!」


 コウズさんが頭をさすりながら立ち上がる。

 あまりダメージを負ってはいないようだが。

 頑丈な爺さんだな。


「ふんっ! 正気じゃったら教皇がこんなとこまで来れるわけないじゃろう! それに、この異変はお主のせいじゃぞ!」

「なっ! どういう事だ!」

「お主が女神を連れ去ったからじゃ! そんな事より、続きをしようじゃないか」


 くっそ、別に争う理由なんか、こっちにはないっつーのに、本当に身勝手な爺さんだな。


「悪いが、そんな暇は無い!【マジックバインド】」


 俺は魔力による紐でコウズさんを縛り上げる。


「無駄じゃよ!」


 だが、一瞬で断ち切られる。

 おいおいおい、規格外過ぎるだろ!

 ここまでやられたら手加減なんか出来ねーぞ。

 くっそ! 一瞬で終わらせる!

 老化を解くだけ、全ステータスが大幅に伸びるが。

 慎重を重ねて久しぶりに魔人形態に変身して、全力で魔力を解放する。

 別にイラっとしたから、ちょっと強めにいっとこうって訳じゃないよ?

 とりあえず、闇の魔力で辺りの神気を抑え込みかかる。


「クッ! 力ガ……」

「ナンダこれは……俺は? グガッ……」

「ハァハァ……逃げロ……逃ガスカ! 逃げ……殺ス」


 よしよし、周りの勇者の動きも鈍くなってるし、これなら大分時間が稼げそうだ。

 最初からこうしておけばよかった。

 老人形態がデフォだから、本気の出し方をつい忘れてしまう。

 老人だから物忘れがひどいのかも……これは、弊害だな。


「相変わらず出鱈目な魔王じゃのう」

「コウズさん程じゃないですよ」


 コウズさんの繰り出す斬撃を全て紙一重で避けながら、カウンターで攻撃を浴びせていく。

 勿論、攻撃を当てる度に神気に闇の魔力を上書きしているが。

 徐々に攻撃が軽く、遅くなっているがなかなか粘るな……


「大体、女神を連れ去ったからなんだっていうんだよ!」

「ふんっ! この世界の防衛機能が作動したのじゃよ! 女神が正規の手段以外で連れ去られた場合、あの部屋に長年女神によって蓄えられた神気が解放され、女神奪還、もしくは魔族の殲滅の為に勇者に撃ち込まれる」

「そんなの知らねーよ!」


 ってことは俺のせいか?

 つか、北条さんそんな事、一言も言ってねーじゃねーか!

 あれっ? 中野も北条さんを連れ出そうとしてなかったか? そんな事したら……いや、あいつも知らなかったって事か?

 って、そんな事考えてる場合じゃねー! 早いとこコウズさんを黙らせて戻らないと。

 その時城から巨大な神気が解放されるのを感じ取る。

 これって……もしかしてスッピン?

 と同時に、漆黒の魔力が発動するのを感じる……

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