第6話 町の探索
コウの母親は王様と少し話をしてから家に帰ると言うので、あたしとコウは二人で一緒に城から町へと出てきた。
リアルに広がるゲームみたいなファンタジーの世界の町並みがあたしの視界に広がった。
さて、どこから散策しようかと思っていると、コウが脇目もふらずにさっさと先へ行こうとするのであたしは急いで彼を引っ張って呼び止めた。
「ちょっとコウ、どこへ行くのよ?」
「魔王を倒しに行くんだろ? まずは町から出ないと」
「魔王がどこにいるか知っているの? 準備はちゃんとしたの?」
「それは知らないけどさ。武器なら王様からもらったこの棍棒があるぜ」
「…………」
やれやれこれだから冒険の素人は困る。旅を舐めないでもらいたい。町から外へ直行しても待っているのは死だけだ。
あたしはこうした冒険をゲームで経験してきた熟練者として教えてやることにした。
「冒険の基本はまずは町で情報収集。それと武器やアイテムをきちんと揃えていくことよ」
「そうなのか?」
「そうよ。備えをすれば憂いなしって言うでしょ。薬草は持ってるの?」
「持ってないけど」
「…………」
駄目だこりゃ。あたしの落胆した態度が出てしまったのだろう。コウが傷ついた顔をした。
「ごめんな、ルミナ。俺、全然分からなくて」
「いいのよ。旅をしたことが無いなら仕方がないわ。導くためにあたしが来たんだし。あたしはこれでもいくつもの世界を救ってきたからね」
ゲームの世界でということは黙っておく。コウの瞳に元気が戻ってきた。
「じゃあ、まずはどこへ行く?」
「そうね、まずは装備を見に行きましょう。この町に武器屋ってあるのかしら」
「ああ、あるよ。この町のことなら知ってるから、俺がルミナを案内するよ」
「お願いね」
上機嫌に歩くコウに案内されて、あたしは町を歩くことにした。
歩きながらコウと話をした。彼の話ではこの町には武器屋の他に道具屋や宿屋、教会もあるとのことだった。一通りの施設は揃っているようだ。順番に回ってみることにしよう。
まずは武器屋に入った。
「へい、らっしゃい。何だコウじゃないか」
体格のいい禿げたおっさんが迎えてくれる。いかにも武器を扱うのが得意そうな店主だ。彼と顔なじみらしいコウが話しかけにいく。
「こんにちは、おじさん。彼女に武器を見せて欲しいんだ」
「彼女?」
親父の視線が入口の傍に立ったままのあたしを見る。ちょっと緊張に身を震わせると、彼は豪快に笑ってコウの肩を強く叩いた。
「こんなべっぴんさんを連れてくるなんて、コウも隅におけねえなあ!」
「痛いって。彼女はそんなんじゃないですって!」
男の人って少年と少女が一緒だとこんな話をしたがるのだろうか。あたしはべっぴんだと言われたのはこれが初めてだけど。きっと店主の社交辞令なのだろう。
彼はどんな女の子が来てもべっぴんだと褒めそうな気がする。そして、良い気分におだてて物を買わせるのだ。商売の上手い、抜け目のない店主だと思う。
もうトリックは見破ったので、あたしは落ち着いて武器屋のカウンターに近づいていった。
「彼の装備を見繕いに来たんです。見せていただけますか?」
「いいともさ。お嬢ちゃんの装備はいいのかい?」
「あたしのはもうありますから」
あたしには神様から与えられた杖と服があった。その上さらに特別な力を振るえる権限があるので何も必要無かった。
「彼女は旅をしてきたので必要無いんです」
コウが誤魔化すように説明してくれる。店主はどうりで見ない顔だと思ったと納得したようだった。
さて、武器を探そう。ここへは店主と無駄話をしに来たわけでは無いのだから。あたし達はこの店にある武器を見せてもらった。
「銅の剣は120ゴールドか……」
「棍棒なら25ゴールドだよ」
「それはもう持ってます」
「何にしようか。ひのきの棒を買っても棍棒より弱いから駄目だし……」
手持ちでは何も良い物が買えなさそうだ。王様のくれたお金が少なすぎるよ。今更文句を言ってもしょうがないけど。苦労を買えということかもしれない。
何も買えそうな物が無いので、ひとまず武器屋を後にすることにした。お金を貯めたらまた来よう。
「まいどあり! 彼女を連れてまた来いよ!」
最後の一言は余計だと思った。コウが困っている。また来にくくなるじゃない。
ともあれ、次の店を回ることにした。
次に来たのは防具屋だ。コウの今の装備は棍棒と布の服。何か良い物があればいいのだが……
「いらっしゃい。こころゆくまで見ていってね」
今度の店員はお姉さんだった。お姉さんといってもオネエっぽいんだけど、こっちの世界でもそういう人がいるんだろうか。
あまり構わずにいてくれるのが助かった。こっちも構わずに行こう。あたしはコウと一緒に防具を見せてもらった。
「皮の鎧が150ゴールドか」
「盾なら70ゴールドで買えるよ」
「うーん……」
改めて思うけど、王様のくれたお金が安すぎるよ。やっぱり苦労を買えってことなのか。まあ、もらった物で文句を言ってもしょうがない。
あたしはコウと一緒に何も買えないまま店を後にした。彼はしょぼんとしていた。
「ごめんな、俺が30ゴールドしか持っていないせいで」
「ううん、コウは悪くないよ。お金はモンスターを倒して得る物だからね」
「そうなのか」
コウはゲームの基本を何も知らないようだ。これはもっと教えてやらないといけないね。
「さあ、町の探索を続けるよ」
あたしは気落ちしそうなコウを誘って、さらに元気を出して探索を続けることにした。
次にやってきたのは道具屋だ。あたしとコウは寡黙な店員に見守られながら道具を見せてもらった。
店員は頭にターバンを巻いていたので何となくインド? って感じだった。この世界はファンタジーだけど。
棚に並んだ道具を見ていくあたし達。
「薬草が8ゴールド、毒消し草が12ゴールドか……」
「ルミナ、何か必要な物がある?」
「毒消し草はまだ必要ないかな。薬草を一つ買っていこう」
あたしとコウはやっと一つの買い物をして道具屋を後にした。
道具屋の店員が何やら奇妙なダンスを踊っているのが印象的だった。
さて、町の探索を続けよう。
次にやってきたのは大きくて立派な宿屋だった。城ほどではないが、普通の家よりは大きい。大型の家って感じだった。
「コウなら自分の家で寝ればいいから必要ないと思うけど、入ってみようか」
「ああ」
なぜか赤くなってもじもじしている様子のコウ。あたしは不思議に思いながら宿屋に入った。
色っぽい宿屋のおかみさんが迎えてくれる。
「いらっしゃい。おや、コウじゃないか。あんたなら自分の家で寝ればいいだろう」
あたしと同じことを言うおかみさん。コウは困惑した様子だった。
「それはそうなんですけど……」
「?」
おかみさんの目が不思議そうにコウからあたしの方へ向けられる。あたしはそこでやっと察した。
「ごめんなさい、ちょっと見てみたかっただけなんです」
泊まる気も無いのに宿屋に入ったのだ。これじゃただの冷やかしじゃないか。コウも早く言ってくれればいいのに。
「客じゃなくてごめんなさい」
あたしは頭を下げて足早に宿屋を後にした。続こうとするコウにおかみさんが甘い声で囁きかける。
「夕べのお楽しみをしたい時はいつでも言ってね」
あたしはもうその場にいなかったので、コウがそうおかみさんに言われてからかわれていたことには気づかなかった。
さて、もう少し町を回ろう。
次にやってきたのは教会だ。建物の上に鐘と十字架があるから分かりやすい。
「冒険に出る前に祈っていこう」
「煩悩を祓えるかな」
「煩悩?」
コウでも何かに迷ったりするんだろうか。
教会で祈るのは冒険の記録をセーブするためだ。このリアルな世界でその行為にどんな意味があるのかは分からないが一応祈っておく。
祈って損することは無いだろう。そう思って。
コウの煩悩が取れますようにとも祈っておいた。
さて、町の施設は一通り見て回った。途中で聞いた町の人の話によると北に行けばツギノ村があるらしい。
他にこの町の近くに村は無いようだ。
まずはそこを目指すことにして。
あたしとコウは町からフィールドへと出ることにした。
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