第五話

「問題はだ、スレイフが何をしようとしているのか皆目見当がつかない事だ」

 ダベンポートは駐屯地に残っていた三人の小隊長をグラムに集めてもらうと──一個小隊はセントラルのパトロールのために駐屯地を留守にしていた──、会議室の黒板に今までの状況をまとめながら説明した。

「ダベンポートさん、でもそのスレイフ老人が何かをやっているって、あくまでも推論ですよね?」

 小隊長の一人が右手をあげてダベンポートに言う。

「その通りだ」

 ダベンポートは頷いた。

「だが、この王国にあんな魔法陣を書ける人物が何人もいるとも思えん」

「じゃあ、本人に聞くか?」

 これはグラムだ。

「ああ。ぜひそうしたい」

「セントラルにパトロールに出ている連中も使えば中隊三十二人、全員使えるぞ。今は別件がない」

「それはありがたい」

 ダベンポートはグラムに笑みを見せた。

「僕はこれから捜査局に行って、記憶をたぐって似顔絵を書いてもらおうと思う。それを中隊全員に配ってスレイフを探すんだ。不審な死体が二つ、セントラルで上がっているのはおそらく偶然ではない。スレイフはセントラルにいる」

…………


 翌日からグラムの中隊はダベンポートが作らせた似顔絵を懐にしまい、早速セントラルを走り回り始めた。

「スレイフの店は駅前の広場にある。とりあえずはそこを洗おう」

 ダベンポートはそう騎士団に指示を出した。

「鋼鉄男は路上で轢かれて見つかった。トカゲ男は王宮の裏だ。セントラルの中心、駅前広場と王宮前広場から始めて螺旋状に網を広げていこう」

「イエス・サー!」

 路上に止めた騎士団の青い装甲兵員輸送馬車から騎士達がバラバラと散っていく。

 グラムとダベンポートは過日捜査のために徴用した宿屋を再び徴用すると、司令室コマンドポストに決めた部屋へと上がっていった。


 ダベンポートはテーブルを部屋の真ん中に移動させると、そこにセントラルの地図を広げた。地図の上には赤い×印が二つ。鋼鉄男とトカゲ男の死体が見つかった場所だ。

「もう少し死体があれば絞りやすいんだがなあ」

 ダベンポートが剣呑な事を言う。

「やめてくれよ。変な死体は二つで十分だ」

 グラムは椅子の背に背中を預けるとダベンポートに言った。

「まあねえ」

 ダベンポートが肩を竦める。

「だが、今回は時間がかかりそうだぞ。目玉狩りの時は娼婦を餌にできたが、今回は餌すらない」

「だな」


 ダベンポートは懸賞金をつける事も考えたが、グラムと相談した結果その案は廃案となった。

 金ならある。捜査に関しては全権委任されている以上、ダベンポートは魔法院の予算をいくらでも取る事ができた。

 だが、懸賞金をつけるためには街中に張り紙をしないといけない。万が一スレイフが先にそれを見てしまった場合、最悪逃げられる可能性があった。

「だいたいだな」

 とグラムはダベンポートに言った。

「そのスレイフ老人が怪しいって話だって完全にお前の推理だろう? 外す可能性だってあるんだよな?」

「ああ」

 ダベンポートは頷いた。

「だが、そんな事になったらそれこそ悪夢だ。スレイフ級の魔法を扱える人物が何人も居てたまるか。それじゃあセントラルが魔都になっちまう」

…………


 スレイフの行方は杳として知れなかった。

 ホムンクルスを売っていた店は当然のごとく空き家のまま、街中を歩き回る騎士団もまだスレイフの行方を掴めていない。聞き込みも続けているが、そのような老人はまるでそもそもいなかったかのようだ。

「参ったな」

 ダベンポートは後ろ頭を掻いた。

 捜索を始めて今日で五日目。そろそろセントラルを洗い終わる。

「グラム、スラムは捜索しているんだよな」

 ダベンポートはグラムに訊ねた。

「当たり前だ。ウィラードの件があったからな、真っ先に捜索した。だが、あそこにそんな老人はいなかったよ。そもそもスラムには年寄りが少ないんだ。年老いて見えても聞いたら四十歳くらいだったりする。きっと、みんな歳を取る前に死んじまうんだろう」

「うむ」

 ダベンポートが唸る。

「しかし、これじゃあ砂漠で砂粒を探すようなものだ。何か手がかりが欲しいな」

「そうは言ってもなあ」

 逆さまにした椅子にまたがったグラムが椅子の背に顎を乗せる。

「!」

 ふと、ダベンポートは閃くものを感じた。

「グラム、スレイフを探すのはやめよう」

 ダベンポートはグラムに言った。

「諦めるのか?」

 椅子にだらしなく跨ったままグラムが言う。

「いや、視点を変える。ホムンクルスの時、スレイフは不特定多数に魔法の瓶を売っていた。もし、似たような事をしているんだとしたらまだ犠牲者がいるはずなんだ。今度は街中の人の右手の甲に注目するんだ。右手の甲に魔法陣があれば、そいつはスレイフと関係がある。職務質問でもなんでもして、そいつを引っ張ろう」


 早速、騎士団は今度は目を皿のようにして街中の人の右手に注目した。

「そのほか、挙動が不審なものも片っ端から引っ張れ」

 グラムが騎士団に発破をかける。

「しかし、捕まえても右手に魔法陣がなかったら放免してやれ。そいつは無関係だ」

 とダベンポート。

「とにかくだ。鋼鉄男にしてもトカゲ男にしても明らかに挙動が不審だったはずなんだ。そういう奴で右手に魔法陣がある奴、それを探せ」


 二日後。

 ついに不審人物が見つかった。

「ゴリラのような奴なんです」

 その人物を拘束した騎士が直立不動の姿勢でグラムに報告する。

「ゴリラとは?」

「こう、額の眉の部分が妙に秀でていて、金壺眼なんです。ですが、それよりも変なのは歩く姿勢です。妙に前傾していて、猫背でした。それにやたらと毛深いんです。髪は黄色なのに黒い毛が袖口から見えたのでおかしいなと思って拘束しました」

「それで、右手の甲は?」

 待ちきれずにダベンポートが訊ねる。

「それが、毛に覆われていて見えないんです」

 申し訳なさそうにその騎士が下を向く。

「ですが、とんでもない力でした。六人がかりでようやくです。殺すなという命令でしたので、最終的には剣の腹で後頭部を殴って失神させました」

「それで、そいつは今どこにいる?」

「今は警察の檻の中にいます。暴れるといけないので鎖でぐるぐる巻きにしました」

「よし」

 ダベンポートは手にしていた手帳を閉じると立ち上がった。

「そいつを騎士団の監獄に護送してくれ。監獄の中では椅子に縛りつけて動けないようにするんだ。そんな怪力、普通の人間じゃない」

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