その890 史上初の侵入3

 さて、SSSトリプルダンジョンの第三階層はどうなっていただろうか。

 そう思うくらいには記憶に残したくない階層である。

 ある意味、このダンジョン一番の難所と言えるだろう。


「では、私から行かせてもらう」


 第二階層にある二つの転移装置。

 一方はシェルフの【聖域】へと戻る転移装置だが、もう一方は当然の事ながら第三階層へ通じる転移装置である。

 リィたんが転移し、後は順不同という感じで皆転移していく。

 さて、俺はこの先の作戦を知らないのだが、リィたんはどうするつもりなのだろうか。

 次の三階層は初手奈落という縦穴地獄。

 最後のラッツに続き、俺も転移をする。

 転移してビックリ。


「おぉ……なるほど、こういう手段があったか」


 なるほど、だからリィたんが先に転移したのか……と、納得してしまう。

 俺たち全員は、いつもの目線で変わる事のない視界を共有していた。初手奈落などなかったかのように、俺たちは落ちもせずそこに立っていたのだ。

 足下には水龍を彷彿させる水色が拡がっている。


氷の地面、、、、……ね」


 そう、リィたんは足下に氷を張り、皆の転移からの落下を防いだのだ。穴の壁に氷を癒着させれば確かに可能である。


「うへぇ……確かにこの高さはヤバイわね……」


 氷床のへりからおそるおそる縦穴を覗き込むキッカ。

 リィたんがこの役を担ったのは正に適任だな。

【魔力タンクちゃん】があればキッカでも可能かもしれないが、ここは魔力的余裕のあるリィたんだろう。

 しかし、ここからどうするのだろうか?


「じゃあリィたん、お願い」

「うむ、任せろ」


 ナタリーの言葉を受け、リィたんが動く。

 なるほど、この対策はナタリーが思いついたのか……お?


「おぉっ!?」


 思わず驚きが零れてしまうような衝撃。

 リィたんは水魔法【水球】を自在に操り……これはまさか――、


「す、滑り台……!?」


 水のラインは、回転しながら降下していく。

 大きなプール施設にあるウォータースライダーの如く。


「ふん」


 リィたんがそれに手を加えると……あらびっくり。


「おぉ……アイススライダーだ……」


 アイススライダーのコースには途中に上下の起伏や回転もあり、速度の減速も考慮されている。

 ……こりゃ、ナタリーとリィたんの作戦勝ち、だな。

 ナタリーとリィたんが嬉しそうに俺へ視線を送ってくる。

 俺が肩をすくめて脱帽を表現すると、二人は互いに見合ってから俺にピース送ってきた。

 なんとも逞しい二人である。

 事前に準備していたのか、ナタリーは自分の【闇空間】から皆のソリを出した。

 頑丈そうだし、衝撃吸収も出来そうだ。何らかのモンスターの素材を使っているのだろう。

 アイススライダーの側面のガードもしっかりしてるし、これならば落下事故の心配もない。

 まぁ、今のメンバーなら、たとえコースアウトしたとしても、全員がコースに復帰するだけの力は持っているだろうし、この心配は杞憂と言える、か。


「では、私から行かせてもらうっ!」


 転移装置でここへ飛んで来た時と同じセリフなのに、リィたんの声は明るく弾んでいた。

 まぁ、その気持ちはわからないでもないけどな。

 リィたんが滑り出すと同時、


「おぉー!」


 裏声交じりのリィたんの声が縦穴に響く。


「これは凄い! 楽しいぞミックゥウウウッ!!」


 ホント、楽しそうだな。


「それじゃ次は俺だ!」

「お先~!」


 ハンとキッカは、ここがダンジョンだという事を忘れているのではないだろうか?


「「フォオオオオオオオオッ!!」」


 あれは完全に忘れてるな。

 しかし、やはりこれはいいな。

 いつか建設しようと思っている【ミナジリランド】にスライダー系の娯楽施設は欲しいところだな。


「い、行きます!」

「わ、私も!」


 メアリィとクレアも興奮気味である。


「ひゃぁああああ!」

「メアリィ様! 危ないのではっ!?」


 お姫様、はしゃぎ過ぎでは?

 クレアも大変だな。顔は笑ってるけど。


「で、では……!」

「あ、私も行っちゃおー!」


 レミリアとナタリーが滑っていく。


「「キャー!」」


 ド定番かつ嬉しそうな悲鳴だったな。

 悲鳴の字面を検討したくなる程だ。


「ふむ……」


 ラッツ君は……無言のままいったな。

 そしてエメリーは……、


「とーう!」


 ソリ無しで飛び込んだぞ、あの子。


「あははははっ!」


 縦穴の底から皆の楽しそうな声が響く。

 そんな中、この場に残っているのは俺とアリスのみ。


「……行かないんですか?」

「い、行きます! 行きますともっ!」


 しかし、アリスは縦穴の底を覗きながら動こうとしない。


「行かないんですか?」


 二度目の問いは、喉を鳴らすアリスには届いていないようだ。


「もしかして、怖いんですか?」

「そ、そんな訳ないじゃないですかっ!」

「じゃあどうぞ」

「こ、心の準備というものがあります!」

「準備、出来ました?」

「まだですっ!」

「心さんは何と?」

「『もうちょっと』だと!」


 アリスの中にはイマジナリーフレンドでもいるのだろうか。

 しかし、アリスにこういうところがあったとは……。

 普段の胆力から考えると、これは想像出来なかったな。

 おずおずとソリにまたがるも、アリスは……一向に進む気配がない。

 ふと見ると、蹴り足になるはずであろうおみ足様が震えていらっしゃる。


「心さんは何と?」

「だ、『大丈夫だ』と!」


 なら、この背中を押しても大丈夫だという事だ。

 優しい俺は、そっとアリスの背中をそっと押してあげた。


「ヒッ!?」


 一瞬ののち、縦穴に聖女の断末魔の如き悲鳴が――、


「いやぁああああああああああああああっ!!!!」


 ――響き渡った。

 やはり、悲鳴の字面はこのままでいいと思ったミケラルド君だった。

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