その883 ミケラルドとアリスの約束

 鉄球、鎖、そして手錠へと向かい徐々にひびが入る。

 パキンと甲高い音を発し、それらは粉々に砕け散った。

 自身の手首を揉みながら、「ふぅ」と息を漏らす聖女アリスの風貌は、強化変身をもう二段階は残しているかのようだ。


「一週間、お疲れ様でした。SSダブルにも上がりましたし、今のオリハルコンズならばSSSトリプルダンジョンを攻略する事も可能でしょう」


 横目でちらりと見てくるも、アリスから言葉が発せられる事はない。ふむ、この一週間で嫌われてしまっただろうか?

 しかし、世界に喧嘩を売るのだ。聖女に嫌われても仕方ないだろう。


「……大丈夫なんですか?」


 だが、しばらくして返ってきたのは、意外にも俺を気に掛けるような言葉だったのだ。


「はて?」

「これですよ、これ」


 アリスがマジックスクロールを俺に見せつける。

 ……見覚えのあるマジックスクロールだ。


「それって、アリスさん用の【テレフォン】ですよね? それがどうかしたんですか?」

「昨晩、法王陛下から連絡がありました」

「密談ですか」

「ミケラルドさんの様子がおかしかった理由がようやくわかりました」

「え、そんな変な行動してました?」

「行動はただのミケラルドさんでした。でも、明らかに反応が鈍かった時が何度かありました」

「はて? そんな時ありましたっけ?」

「分裂体がお忙しかったようで」


 あー、額押さえてグラついたあの時か。

 よく見てるもんだなぁ。


「……クルス殿は何と仰ってました?」

「この一週間、ミケラルドさんの分裂体がオリハルコンズ全員に付いていたそうですね」

「あ、聞いちゃいましたか」

「ナタリーさんとメアリィさんはランクAに上がったとか?」

「あの辺の依頼は潤沢にありますからね」

「っ! 全員にマンツーマンで付くとか正気の沙汰とは思えません! ミケラルドさんの頭がどうなってもいいんですか!?」


 何が気に障ったのかはわからないが、明らかにアリスは怒っていた。


「……ご心配頂きありがとうございます」

「その心配でミケラルドさんが止まるなら、いくらでもします! でも、それじゃミケラルドさんは止まらないんです! だから私は怒ってるんですからねっ!」


 アリスは俺の胸元に人差し指をとんとん置き、いつもとは違う様子で怒っていた。これに【聖加護】でも込められれば、北斗七星型の刺し傷でも出来そうだな。


「またそのニヤケ面! その余裕はどこからくるんですかっ!」

「余裕がないから頑張っているようには見えないものですかね?」

「そ、それはわかってます! でも、私は――」

「――わかってます。でも、私だって無理をしたくてしてる訳じゃないんです。今だって、本当なら優雅にアフタヌーンティーでも楽しみたい気分ですから。でもね、エメリーさんは既に【覚醒】し、魔王の尖兵も生まれました。私はアリスさんと約束しました」

「約束……? あっ」


 ――――ですが、お約束しましょう。

 ――――……え?

 ――――きたる魔王討伐の際、勇者率いるパーティの末席には、必ずこのミケラルドの名があるという事を。


「私は魔族の制約故、直接魔王を攻撃する事は出来ません。エメリーさんと……アリスさん、貴女あなたが最前線に立つ必要があるんですよ。それこそが、オリハルコンズの皆を鍛える理由ですし、私が霊龍に怒っている大きな理由の一つでもあります」

「あ……」


 アリスが言葉に詰まると、俺はこれまでとは口調を変え、いつも通りに話した。


SSSトリプルダンジョンの最奥では霊龍とコンタクトをとる事が出来ます。その時は私に代わってガツンと言ってきてください」

「…………私にそういう事が出来ないのわかってて言ってるんですか……?」

「だってアリスさん、そういうの得意でしょう?」


 肩を竦めてそう言うと、アリスは肩を落としていつものように怒りを鎮めてくれた。

 そして俺は、【闇空間】に手を突っ込み、アリスの衣服を取り出して手渡した。


「さぁ、着替えたら法王国へ戻りますよ。皆さんに成長したアリスさんを見せてあげてください」


 俺がそう言うと、アリスは嬉しそうに笑った直後ピタリと止まり、少し何かを考えた後、何故か渋い顔を見せた。

 この感情の変化は一体何だろう? そう考えていたら、アリスはすぐに答えを出してくれた。


「その台詞、オリハルコンズの全員に言ってますよね? 絶対」


 アリスがそう言うと、俺はにこやかに笑った直後ピタリと止まり、少し分裂体と交信した後、アリスから目をらした。

 追尾型のアリスの視線を何度もかわし、咳払いをしてからもう一度。


「さぁ、着替えたら法王国へ戻りますよ」

「是非とも、何かもう一つ〆の言葉が欲しいんですけど?」

「そんなに特別がいいんですか?」


 面倒臭そうに言うと、今度はアリスが視線をかわす。


「そ、そういう事を言ってるんじゃありませんっ! 頑張った私たちへの労いの言葉として、一緒くたに言葉を統一するのもどうかと思っただけですっ!」


 おかしい、一番頑張ったのは俺だと思うのだが?

 まぁ、それを言ったところでアリスからジト目攻撃を喰らうだけだ。ならば、別の提案を出すだけである。


「そういえばアリスさん、もう一つ約束がありましたね」

「え?」

「杖のプレゼントですよ」

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