その699 ミスリルゴーレム

「あ、あの、ミケラルドさんっ!?」


 慌てたメアリィが俺に言う。

 どうやら、ミスリルゴーレムの足が出来る度に該当箇所を壊している事に困惑してるようだ。


「うーん、どうやら完成してから倒さないと、倒した扱いにならないようですね。こういうのは修正が必要なのでは?」


 言いながら、俺は攻撃をやめる。

 すると、徐々にミスリルゴーレムができあがっていく。

 最後に頭部が出来ると、周囲のミスリルは微動だにしなくなった。

 どうやら、これで完成のようだ。


「じゃあ、はい」

「え? ふぁ!?」


 俺はメアリィをひょいと抱きかかえた。

 なぜなら、早速ミスリルゴーレムが攻撃を仕掛けてきたからだ。

 俺は片手でミスリルゴーレムの拳骨を防ぎ、その衝撃の余波すらもおさえた。


「あ、あの! 昨日の鍛錬は!?」

「守れる時は当然守りますよ。基本的には、私が対処仕切れなくなった時に、メアリィさんが生き残れるようにしごいただけです。まぁ、ここでは降ろしても大丈夫そうですけどねぇ。降ります?」

「いえ、このままで!」


 真顔で言い切られてしまった。

 メアリィの胸中がわかる訳がない。だが、それを考える暇はなくミスリルゴーレムが動き始めた。

 この距離だと拳骨攻撃のみだな。さて、近付いてみるか。

 ミスリルゴーレムのふところに入ると、口から強い魔力光線が放たれたのだ。

 これをかわすも、些か気になる事がある。

 いや、待て? そうか、そういう事か。


「なるほど、これの動力はさっきメアリィさんが通した魔力って事か」

「ははは……自分の魔力がモンスターに使われちゃうのは悲しいですね」

「中距離では拳骨、接近すると魔力光線……股をくぐれば――腰から上が回転するのか。だから足から造られたのか。足は地面と癒着するようにくっついているから完全に近接~中距離型の固定砲台ですね」

「ま、まだやる感じですか?」

「いえ、応援も駆けつけたので、後はそいつらに任せます」

「応援?」


 言いながらメアリィは、通路の奥を見る。

 すると、通路を駆けて来る青ラルドを発見したのだ。


「あ!」


 青ラルドが跳ぶと同時に、近くにいた赤ラルドがこれにぶつかるように跳ぶ。合体した二体は周囲のミスリルを取り込み、硬く大きくなっていく。


「とっても大きいです……」


 メアリィから倫理的に問題のありそうな発言を聞いた後、我がミナジリ共和国の最新防衛システムが稼働する。


「固定砲台とか甘い甘い。こちらが本当のミスリルゴーレムですよ」


 言うや否や、ミスリルゴーレム同士のがっぷり四つ。


「うわぁ……」


 通路をところ狭しとぶち壊し、殴り合う事数十秒。

 敵方のミスリルゴーレムは音を立てて崩れ落ちていった。


「やっぱり強いですね」

「魔力で固める分、こちらのが強度もありますし、彼ら自身が保有する魔力量を考えたら当然の結末ですよ。ところで、そろそろ降りません?」

「いえ、まだちょっとお腹が痛くて……」


 昨日から今日に至るまで、メアリィの腹痛話は今ここで初めて出たのではなかろうか? 嘘を吐くにしてももう少し何かあったのではないか、そう思う俺だが、この嘘は俺を害するものではないし、別にいいかと諦める俺もいた。


「あ、転移装置が起動したみたいですよ」

「なるほど、ミスリルゴーレムが倒れた後の残留魔力がそこに流れる仕組みなんですね。これを偽装する事が出来れば、もしかしたら一階層は簡単に攻略出来るかもしれませんね」

「調査って本当に色々な事をするんですね……」

「私がダンジョン制作者だったら、こんな冒険者塩撒いて追っ払いますよ」

「塩……ですか?」

「故郷の風習みたいなもんなので気にされなくていいですよ。まぁ、嫌がるって事です」

霊龍れいりゅう様が?」

「そうです」

「まだ、そんなに嫌がりそうな事をしていないような……っ!」


 一瞬メアリィの顔が歪む。

 それはきっと、俺の顔を見たからだろう。残念で、いびつで、気味の悪い笑みを見たからだろう。そこで、メアリィが「降ります」とタクシーの降車合図のように言ってきたのだから。

 俺は、分裂体と共にメアリィを起動した転移装置の前で休憩させた。そして入口側に用があるとだけ言い残してその場を後にした。

 キョトンと小首を傾げるメアリィだったが、戻って来た俺を見て、彼女は俺の発言の意味を知ったのだろう。


「あ、あははは……」


 苦笑で濁す事しか出来ない一国の姫、というのも珍しい。

 俺の前には闇空間が置かれ、俺の移動と共にそれが付いて回る。

 ガラガラと音を立てて崩れる天井や壁。

 崩れ落ちた【ミスリル】が闇空間の中に落ちて行く。

 天井や外壁から土や岩盤が顔を出すまでに。

 シェルフダンジョン第一階層は、超が付く程のコスパ最高の場所である。なんたってミスリルが豊富である。

 ファミレスでナプキンやポーションミルクや砂糖を持ち帰る人間がたまにいるが、この世界では俺が初めてなのかもしれない。


「ミケラルドさん……こ、これは……」

「霊龍は冒険者を強くするためにダンジョンを造りました」

「あの、何で後光を演出するんですか?」

「ならば、このミスリルを全て持ち帰るという事が霊龍の意思に他なりません」

「う、浮かばなくてもわかります……よ?」

「さぁ、これが最後のミスリルです。ここが崩壊する前に早く次の階層へ!」


 メアリィは終始首を傾げながら俺の手を取り、次の階層へ転移したのだった。

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