◆その670 オリハルコンズ式脱出げえむ4

 武器を返却されたゲラルドが、講義室で自習を始めて間もなく。

 自分の席に置かれた攻略本を読んでいたゲラルドが唸る。


(そうか、牢番を呼び込むとこういったルートが……それだけ戦闘機会が多いという事だが、もしかすると俺の場合はこちらの方が都合が、よかったのかもしれない。時間と共に増える増援。ラッツが首から下げていた警笛けいてき、数多くの障害物を使えば通常クリアも可能。しかし、やはり最高評価はリィたんが仮想ダンジョンを出る一瞬のみ……。最後のページに書かれた【特殊な攻略方法】は皆が任務完了した後、ここで発表とあるが、あれ以外の攻略法があったというのか?)


 しばらくすると、そこにルナ王女がやって来た。

 ルナはゲラルドにちらりと目をやるも、自席に座り、自分用の攻略本を読んだ。十数分ののち、ルナは溜め息を吐いた後、ゲラルドの席に向いて言った。


「その様子では通常クリアだったようですね」

「お前もな」


 ゲラルドとルナは因縁深きリプトゥア国とリーガル国の王家の血筋。今でこそゲラルドはリプトゥア国のはみ出し者という扱いだが、聖騎士となれば家名をリプトゥア国に残す事が可能。ゲラルドはその目的のため日夜勉学に励んでいる。無論、ルナ王女も更なるリーガル国の発展と王家の名誉のため、この聖騎士学校での結果は重要となってくる。

 ルナがゲラルドに話を切り出すというのは、このように二人しかいない状況を除けば非常に珍しい事である。

 両家の因縁を捨て、自分の一歩のため、ルナはゲラルドに先の仮想ダンジョンの検討を申し出たのだ。

 ルナがその全てを語らずとも、ゲラルドもこの申し出を理解していた。だからこそ、ゲラルドは彼女を無視しなかったのだ。


「貴方もトイレから?」

「あの状況下ではそれが最適だった。お前もか?」

「えぇ。ですが、攻略本これを読んだ後だと正面突破も面白いと思えました」

「だろうな」

「最後のページにあった特殊な攻略方法……どんなものだと思われますか?」

「さあな、だがあの講師の事だ。ふざけた内容である事だけは理解出来る」

「ミケラルド先生の考えは本当によくわかりません。独創的な指導だというのに、しっかりと我々の事を考えています。それは、任務を終えた後、本当によくわかりました……」

「任務中ではなく……終えた後?」


 ルナの言い回しに引っかかったゲラルド。

 その後ルナの口から出た言葉は、ゲラルドが求めていた答えではなかった。


「この後、任務を終えてくるのはおそらくレティシアさんでしょう」


 しかし、そこには真実が含まれていた。


「っ!」


 ゲラルドはその真実に気付き、ハッとする。


「そうです。貴方と私、そしてレティシアさん。リプトゥア国とリーガル国の要人三人を短いながらも講義室に留める」

「だが俺は――」

「――それでも私と貴方を引き合わせたという事は、ミケラルド先生は指定任務のついでかのように政治的判断をした。どうやら貴方の事を高く評価しているようですね」


 ルナが見ると、ゲラルドは静かに喉を鳴らした。


「私は時々ミケラルド先生が怖いと感じる事があります。確かに、我が父とゲオルグ王の仲は修復出来ない段階にある。しかし、次代ならばと考えこうして指定任務の順番を調整し、それを実行する決断力。本来であれば強引にでも順番を離すべき。でもミケラルド先生はそうしなかった。きっとあの方は、あの方自身を話の引き合いに出される事を承知でそうしたのでしょうね。悪い冗談をただの冗談に変化させる手腕、見事と言う他ありません。けれど、それがどれだけ恐ろしい能力か……」

「……あの講師は、全ての国を繋げようとしていると?」

「わかりません。ミケラルド先生は魔族。その寿命は人間よりも非常に長いものです。ミケラルド先生が自国の内政以上に聖騎士学校に重きを置くのは、そういった理由もあるのでしょうね」

「法王国に恩を売り、次代の王族や貴族の恩師となり……長寿故に地盤は固くなる一方。なるほど、究極の外交と言えるな」

「父の跡を継いだ後、あの方と付き合う際は気を遣うでしょうね」

「……聞かなかった事にしよう」

「ふふふ、ミケラルド先生が認めるだけはありますね」

「ふん」


 ルナがくすりと笑い、ゲラルドが荒く鼻息を吐いた後、講義室の扉がガチャリと開く。

 現れたのは、ルナの予想通りリーガル国の公爵令嬢レティシア。これにより、リーガル国とリプトゥア国の要人が数十分間の話し合いと交流の機会をもつ事になる。

 指定任務の攻略方法、ミケラルドの思惑、話のお題、、はミケラルドが用意している。ネタに尽きる事はないだろう。

 ルナとゲラルドが話を聞けば、レティシアも通常クリア。検討に検討を重ねるも、特殊な攻略方法はわからないままだった。

 それからも最高評価は出ず、特殊な攻略方法を使った者は現れなかった。

 検討という名の喧騒が広まる中、サッチの娘サラが講義室に入り、それを見渡し「おー」と声を零す。すると、サラの背中にぶつかった者がいた。


「え?」


 サラが振り返ると、そこには焦った様子のファーラがいたのだ。


「え? ファーラさん、もう終わったの?」

「あ、えっと……はい。最高評価を頂きました」


 ファーラがペコリと頭を下げると同時、講義室がしんと静まり返る。


「で、でも私今さっき終わったばかりなんだけど……」


 そう、サラは戻って来たばかり。

 ファーラがたとえ最高評価だとしても追いつけるはずがない。そう思った矢先、ファーラの後ろからミケラルド率いるオリハルコンズがやって来たのだった。

 ニコリと笑うミケラルドを前に、生徒たちは何も言えなかった。


「さ、答え合わせをしましょうか」

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