その653 親子
「ミケラルド殿、それはどういう事か?」
リルハの質問以上に、ヒルダからの魔力圧が凄い。
俺がか弱い草花だとしたら一瞬で枯れ果てていただろう。
「本日、ミナジリ共和国に来ていただきたい。無理を言っているのはわかっています。お二人がこの席に取った時間分だけで構いませんから」
リルハが大きくすんと鼻息を吐く。
そして隣に座るヒルダに言った。
「……ヒルダ、どうやらミナジリ共和国の元首は耳が遠いようだ。困ったものだな」
「えぇ、困りましたわ」
まぁ、ここまであからさまに質問に答えないのだ。悪態の一つや二つも出ようものだ。だが、これを俺が言っていいものか。
「申し訳ありません。元来、嘘は苦手なもので」
現に、過去シギュンに何度も嘘を見破られてるしな。
「ほぉ?」
「まるで理由を話せば嘘が出て来そうですね」
流石はリルハとヒルダ……長年の姉妹弟子を感じさせる|
「嘘が出ればお二人のため、何より私のためになりませんから」
「言い切ったな」
「言い切りましたね」
「ははは。そこで今日、プリシラさんの世話をしている手伝いの者を連れて来ています。入室させても?」
聞くと、二人は見合った後、沈黙を貫いた。
それが望みではないが、拒否する理由はない……といったところか。
俺は入室の許可を得られたとして、一度立ち上がり、部屋の扉を開けた。
外では緊張の面持ちで立っているダイモンと、緊張こそ見えるものの
俺は小声でコリンに言う。
「コリン、出番だ」
口を真っ直ぐ横に結んだコリンが大きく頷く。
そしてダイモンは……ビクビクしながらコリンに付いて来た。単純に胆力が違うというだけで片が付かない話である。
ダイモンは門番として訓練に身を置くだけに、普段から強者の魔力を浴びている。それだけにこの部屋の高密度な魔力に敏感なのだ。
そうだろうそうだろう、だって中には
ダイモンの実力は鍛えたといってもC~B。この部屋に入るのが恐ろしいというのはとてもよくわかる。
だが、そこは父親なのだろう。
部屋に入る直前、ダイモンは顔を強張らせてコリンを追い抜いた。
目を丸くした俺を横を通り、
「し、失礼しやすっ!」
中々に素敵な背中を見せたのだ。
俺とコリンは見合ってくすりと笑った。
ダイモンに続き、コリンが快活に言う。
「失礼します!」
コリンの入室を見送った俺は、扉を閉め、ソファに戻ろうとした。
おかしい、先程まで素敵な背中を見せていたダイモンが既にリルハたちから目を逸らしている。どうしたダイモンパパ!
と、言ってやるのは酷かもしれない。
俺はソファに戻り、リルハたちに言った。
「プリシラさんのお世話をしているコリンと、その保護者のダイモンです」
「は、初めましてぇ! ミナジリ共和国はミナジリ邸が門番、ダイモンと申しやす! ど、どうぞ宜しくお願いしまぁす!!」
「よろしくお願いします!」
父親の上ずった声……というより、コリンのサイズに目を丸くしているリルハとヒルダ。なるほど、こういうところは師匠譲りか。
リルハはコリンを見た後、俺を見る。
「お手伝い?」
「お手伝い」
以前コリンを紹介した時のプリシラのようだ。
「師匠の?」
「プリシラさんの」
ジェイル並みの倒置法である。
流石のリルハもコリンに動揺していらっしゃる。
ヒルダは吸い込まれそうな瞳をコリンに向け、その秘密を探ろうとしているが……彼女にひみちゅなんてない。
「この前いくつになったんだっけ?」
「八歳!」
この言葉の後、ヒルダが目を伏せた。
秘密もひみちゅもないのだ。リルハやプリシラなんかと違って彼女は正真正銘の幼女なのだから。
「あー……失礼ながらお伺いする」
「何でしょう、リルハ殿?」
「ミナジリ共和国には……その、人材が?」
まるで、人手不足なのかと言いたげな様子だ。
「豊富な人材が故の采配です」
「嘘は苦手だとか言ってたよな?」
「曇りなき本心ですよ」
そう言うと、リルハは深い溜め息を吐いてから言った。
「……わかった。それで、このコリンを紹介して我らにどうしろと? よもや師匠がお遊戯でも企画したのか?」
プリシラならやりそうだが、そういう訳ではない。
「何も。ただ、プリシラさんの近況をお伝えしておこうと思っただけです。私も忙しい身なので、それを知る者に聞いた方が正確でしょう」
「師匠の近況を聞いたところで……」
ここでリルハの言葉が詰まる。どうやらヒルダも気付いたようだ。二人は頷き合い、それ以上は何も言わなかった。
じっと俺を見た後、コリンに視線を向けるリルハ。
「…………いいだろう、聞こうじゃないか。師匠の近況とやらを」
白き魔女リルハ、
これからコリンの口から語らせる話は、二人にとっても、そして俺にとっても耳を塞ぎたくなるような話なのだろう。
しかし、聞かなければならない。
忙しい身の上である彼女たちを動かしてやるために。
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