その638 プリシラの秘密2
賢者の掌の上で踊るダンスがタップダンスであれ、ブレイクダンスであれ、そうすべき理由があったはず。
「怖いかい?」
「……少し」
「だよね、私もお師匠様に対する恐れはあった。あの人は私が何をしようとも、どんなに近付こうとも、あの人なりの線引きでそれ以上近付けさせようとはしなかった」
弟子にさえも心の距離をとる前代賢者。
さぞ生きにくい人生を送ってきたに違いない。
「私は弟子のヒルダをキミへの
「それこそが魔王の復活……ですか」
「はははは」
何とも壮大な伝言だ。
授業中に教師に隠れて行う手紙配達のように簡単に出来なかったものか。そうせざるを得なかった理由が前代賢者にはあるはず。おそらく寿命……寿命?
いや、待て待て。寿命な訳がない。プリシラは初めて俺と会った時になんて言った?
魔王の復活を依頼した直後、前代賢者の言葉を借り、俺にこう言ったんだ。
――『考えてもみろ。魔族と闇ギルドが魔王の復活を阻止してるんだぞ? それを阻止しないと大変な事になるに決まってるじゃないか』ってのが師匠からの依頼。
「……あ」
「おや、気付いたのか。意外に早かったね」
ニコリと笑みを浮かべたプリシラを前に、俺は目を丸くしていた。
師匠からの依頼。重要なのはそこではない。
本当に重要なのは、前代賢者の言葉にあった。
魔族と闇ギルドが魔王の復活を阻止しようとし始めたのはいつからだ? おそらく俺がリーガル国の子爵の時、ガンドフに魔族が攻め入った時。
勇者の剣の制作を止めようとしたあの時だ。
それ以前の情報で、明確に魔王の復活を阻止しているような行動は表に出ていない。リプトゥア国の勇者エメリーの軟禁がそうだが、これは俺も気付いていた事。
いや、これもまた重要ではない。
そうだ、重要なのは魔王の復活を阻止すべく魔族と闇ギルドが動き始めた時。このタイミングこそが重要だったのだ。
これに俺が気付いた時、前代賢者もまた気付いた。
それ
若かりしプリシラの前に現れた、いかにもな風貌の賢者。
たとえ偽装だったとしても、それは関係ない。
その知識量からして、プリシラより長寿。しかし、それだけでは片が付かない謎だ。
そして、その謎は……新たな可能性を示唆する。
「……古代賢者……」
「辿り着いたみたいだね」
ニコリと笑ったプリシラは、それが正解である事を教えてくれた。
「そういう事。古代に活動していた賢者が現代まで生きていた。だからこその実力、だからこその知識という訳さ。お師匠様がキミを選んだのは、この時代で、この段階で、魔王に対抗し得る唯一の存在だったからだ。たとえ勇者エメリーや聖女アリスがいなくとも、魔王を復活させ、滅ぼし得る存在だったからなんだよ」
「でも、でもそれじゃあ辻褄が合わない……」
「何故、お師匠様が動かないのか――だね」
俺が頷くと、プリシラまたニコリと笑ってから言った。
「ホント、何でだろうねっ♪」
それはもう楽し気に。
「くそ……また謎が増えた」
「はははは、謎に愛される星の下に生まれたみたいだね」
「ギルド通信の盗聴機能で情報を集めていたのが古代賢者。古の盟約とか言って、冒険者ギルドから金を巻き上げていたのも古代賢者。じゃあ、法王国の南――火竜山の地下、最近まで人が住んでいた痕跡ってのも……?」
「お師匠様だねぇ」
「…………くそ、くそっ。何がしたいんだ、古代賢者ってのは」
「だから魔王の復活だって。まぁ正確には魔族の陰謀の阻止だけどね」
「その陰謀ってのがわかれば私も動きやすくなるんですけどねぇ……」
深い溜め息を吐いた俺を、プリシラは楽しそうに見る。
「それがわかれば苦労はしない。お師匠様も、最後までそれは教えてくれなかったからね」
古代賢者の考えはわからない。
だが、早々に魔王を復活させるという案には俺も賛成である。
だからこそ、俺はシェルフ族長のローディと会談を設けているのだから。
「ふふふ、全部話せてスッキリしたよ。これでようやく私の役目も終わりだ」
そう言って、プリシラは賢者には似付かわしくない晴れやかな笑みを浮かべたのだった。まるで本当の少女のような安堵の笑み。
「精一杯生きて、賢者とまで称されたのに自分が俺への
「そうだねぇ、プライドの高い者なら確かにそう感じるかもね。『私はただの駒か』とね」
「じゃあ――」
「――でもね」
彼女の笑みが、俺の言葉を止めた。
そして、プリシラはわざとらしく咳払いをして言ったのだ。
「コホンッ。キミに賢者としての言葉を送ろうじゃないか」
やたら偉そうに、仰々しく。
「人間ってそういうものだろう」
それはそれは、堂々と仰ったのでした。
「自分の役目に不満を持った事はないよ。大事なのは、そこにある大義だ。お師匠様は怖いところもあるけど、私が信用する数少ない人だ。そのお師匠様が私に頼むんだ、それが使命というものだろう?」
そしてそれは、道化の俺には決して言い返せない程、賢者然とした回答だった。
「お師匠様の言葉を借りるなら『私は物語の主人公じゃなかった。それだけの事さ』」
さて、主人公は一体どこにいるのだろうか。
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