その617 クマの場合5

 ◇◆◇ マックスの場合 ◆◇◆


「陛下が命令を下さないのは……それをミケラルド様に伝えないため」

「その通りだ。この目論見もくろみは、ロレッソ殿がミックに伝えたくないという意思がある。それでは意を組んだとは言えぬ。ミックに伝われば、これを良しとせず、メンタルの悪化や我々の関係に響く。それでは本末転倒。だからこそ命令ではないのだ」

「私の自由意思で決めないと、ミケラルド様が気付いてしまう」

しかり」


 なんという事だ。

 俺一人がミナジリ共和国にいるかいないかだけで、それが政治に関わってしまう。天秤に載せられた気分だが、これは仕方のない事。これが国の在り方。数字抜きに豊かな国などあり得ないという証拠。だからこそリーガル国は小国ながら各国と渡り合ってきたのだ。


「クマックスよ、お前がシェンドに戻りたい気持ち、わからないでもない。しかし、そのシェンドへの愛をリーガル国全体、、、、、、、へと広げてはくれぬか?」

「っ!!」


 一瞬で身を引き締められた気分だった。

 俺はいつの間にか、天井から吊るされたかのようにピンと背筋を伸ばし、俺は陛下の言葉を一身に受けた。


「頼む」


 目を伏せ……陛下が俺に頭を下げたのだ。

 それだけでサマリア公爵とドマーク殿は立ち上がり、俺に頭を下げた。

 陛下が頭を下げているのだ。本来であれば二人はそれを止めるはず。

 しかしここは非公式の場、何よりも陛下の意思が尊重される。だからこそ二人は陛下にならったのだ。

 こんな事、俺が何十回、何百回とこの世に生を受けたとしても起こり得ない事だ。しかし俺は、そんなあり得ない事象を体験してしまった。

 これは、命令以上に重いという事実。

 なるほど、リーガル国の王が賢王と言われる所以ゆえんはこういうところなのだろう。

 俺は俺の意思で跪き、ただ陛下に言った。


「……陛下の御心のままに」

「「おぉ!」」


 後でミックにいたずらしてやろうと決意した瞬間だった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 数時間ではあるが、俺は陛下の貴重な時間を頂いた。

 陛下を門まで送ると共に、何度も感謝の言葉を伝えた。

 陛下は嬉しそうに俺の礼に応え、そして俺に礼を言ってくれた。

 給金を上げ休日も増やしてくれるそうで、悪くはないとさえ思えた。何、シェンドは近いんだ。ここから走れば一時間もかからずに着くのだ。いつだって帰れる。まぁ、先にシェンドに新たな警備隊長を置いたのは、陛下なりの確信があったからだろう。

 そもそも俺が陛下を断れる理由はない。あってたまるかという話だ。

 俺が門まで陛下、サマリア公爵、ドマーク殿を送ると、そこでは俺の代わりに門番というあり得ない役職に就いたリーガル国戦騎団のネルソン団長が待っていた。


「待たせたなネルソン」

「陛下、お話は?」

「上手くまとまった」

「おぉ、それは何よりです」


 そこまでは陛下とネルソン団長の当たり前の会話。

 しかし、その先の言葉に俺は違和感を覚えた。


マックス、、、、殿の件、私としても心配しておりました」


 何故ネルソン殿は俺の名を間違えなかったのか。

 陛下も、サマリア公爵も、ドマーク殿だって俺をクマックスだと疑わなかったのだ。それだけにこの件は重要。皆の知識の統一は当然だったはず。

 その中で、ネルソン団長だけが俺をマックス呼びした理由。それがわかった時、俺は陛下とネルソン団長の間に割って入った。


「むっ?」


 陛下の疑問、ごもっとも。


「「クマックス殿……?」」


 サマリア公爵とドマーク殿の疑問、ごもっともである。

 俺は陛下の信頼するネルソン団長から、陛下を守るように動いたからだ。


「陛下、お下がりを」

「何?」


 陛下の言葉に怒りはなかった。

 しかし、俺の指示には疑問を覚えたのだろう。

 当然だ、こんなの気付ける訳がない。


「マックス殿……何を?」


 ネルソン団長の目をじっと見る。


「あの……マックス殿?」


 ネルソン団長の目をじっと見る。


「あ、えっと……」


 じーーーーっと見ていたら、ネルソン団長の眉が八の字になり、目を逸らしたのだ。


「……ネルソン?」


 陛下の言葉の後、俺は言った。


「何やってんだ、ミック、、、?」

「「なっ!?」」


 三人の驚き、ごもっとも。

 しかし、ネルソン団長は、ニヤリと笑った後、グニャリと姿を変えたのだ。


「いやー、よくわかったね」

「ぬかせ、お前が丁寧な口調でマックスって言う時は特徴的なんだよ。そんな事ネルソン団長がする訳ないだろう」

「流石、俺の事よくわかってるぅ」


 指を差し、ニコリと笑ったミックに、陛下が言う。


「ネ、ネルソンは……?」

「ミナジリ城でお茶を」

「……ミック、いつ気付いた?」

「いやいやいや、かつてのあるじブライアン殿、更にはランドルフ殿、ドマーク殿の魔力が一緒になってミナジリ共和国に入ったのに気づかない事がおかしいですよ」

「普通は気付かない」


 俺も、陛下に同意だが、ここはミナジリ共和国でありそのトップであるミックは普通ではなく異常な存在。何で気付いちゃうかな、コイツ。


「そもそもネルソン団長に門番とか、何ですかアレ。国を挙げたギャグかと思って最初噴き出すところでしたよ。まぁ、そのネルソン団長が門番をやってたからこそ、マックスの件で来てるって気付いたんですけどね」


 三人は空いた口が塞がらないようだ。

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