◆その582 圧倒的なおっさん

 魔人と木龍が衝突し合う中、その魔力は二人を包み、遠ざかって行く。

 二人は異様な事態に自身を守るかのように離れ、身体を丸めるように堅め、自衛に努めた。

 魔人の視線、木龍の視線が向かうは同じ空の下――その魔力の発生源にあった。


(やはりあの戦争の日……刺し違えてでも殺すべきだった……!)

(ミックめ、私と戦った時と比べ物にならぬ魔力だ……。これはもう五色ごしきの龍より、覚醒した勇者、魔王……そして霊龍れいりゅうに近い。なるほど、霊龍が探りを入れる訳だ。どう判断を下すかはわからぬが、世界の脅威……か)


 両者の視線の先で対峙する、ミケラルドとエレノア。

 かつてミケラルドはエレノアと直接会い、その魔力に触れた。

 しかし、不気味に思えたエレノアの魔力の底は……今のミケラルドにとって障害にすらなり得なかった。


(この魔力は……魔王様にすら匹敵する)


 表情にこそ出さぬものの、エレノアの身体には明らかな反応が出ていた。

 それを見たミケラルドが自身の頬を指差してエレノアに言った。


「よろしいんですか? 汗、凄いですよ?」


 ニコリと笑って、ミケラルドはふところから一枚のハンカチーフを取り出し、エレノアに差し出した。

 当然、エレノアにとってミケラルドは敵。それを受け取る事などない。

 残念そうなミケラルドは、ハンカチーフを懐に戻し、再度言う。


「では、開始という事で」


 笑みの零れたミケラルドがその視界に残像として残る中、エレノアは体内の魔力を最大放出し、緊急回避を行った。

 更なる上空へと向かったエレノアが、眼下の自分のいた空を見る。

 目を丸くし驚く異常。そこではミケラルドが空を抱いていた、、、、、、、のだ。

 その足の位置、手の位置を見ながら、エレノアがゾッとする。

 ミケラルドの右手は、背後から手を回し、仮想エレノアの左頬へ。

 ミケラルドの左手は、背後から手を回し、仮想エレノアの右腰へ。

 ミケラルドの両足は、背後から仮想エレノアの身体を固定するようにがっちりと回され。

 ミケラルドの顔は……余りにも下卑げびていた。

 ぐりんと上空エレノアに向けられるミケラルドの瞳。

 その目には敵意、殺意、闘志……それ以上の欲求があった。


「おかしいですね、しっかりと捕まえたはずなんですが?」


 ミケラルドの左手が仮想エレノアの胸元に向かう。

 そして何故か、その左手はモンスターの触手のようにウネウネと動いたのだ。


「ひっ!?」


 魔族四天王――【魔女ラティーファ】をして……自身を抱きかかえる程の恐怖。

 それは、ミケラルドの欲求があまりにも真っ直ぐだったからだ。


「あ、あなた! 一体何をされるおつもりっ!?」


 エレノアが恐怖に顔を染めながらも言い放った言葉。

 ミケラルドは右手も仮想エレノアの胸元に向かわせ、ウネウネとさせながら答える。


「死んだおばあちゃんと、『女性には手をあげちゃいけない』って約束したんですよ。でも今回の相手は魔族四天王じゃないですか? 流石さすがに私もこの約束を破ってしまうかもしれない。そう思った矢先、私は気付いてしまったんです。『そうか、だったら手をあげずに拘束すればいいじゃないか』と」

「そ、それがどうしてそういう手の動きになるというのですっ!」

「何を言ってるんですか。これはごほう――コホンッ! 不可抗力の練習です」

「…………不可抗力の意味をご存知ないようで」

「何を仰っているのかよくわかりませんね。この世の偶然は、全ての必然から生まれているんですよ」

「よき言葉に聞こえる反面、貴殿から聞くと言い訳にしか聞こえないのは何故でしょう?」

「それは、私が言い訳をしているからですよ」


 ミケラルドがドヤ顔でそう言い切ると、エレノアは諦めたように深い溜め息を吐き、自身の髪をかき上げた。


「……本当によくわからない人」

「こんなにも真っ直ぐだというのに?」

「貴殿の全ての行動に意味があるように見えるのが始末におえません」

「では、存分に堪能してください」


 ミケラルドが仮想エレノアを解放し、また笑う。


「お断りします」


 エレノアもまた笑い、互いの魔力が入り交じる。

 直後、ミケラルドが右手をぐわんと振り上げる。

 大きな魔力を伴った一撃は、エレノアの幾重いくえにも及ぶ魔力壁を無数に割っていった。


「祖母殿とのお約束はどうされたのですっ?」

「私人逮捕は例外です!」

「笑わせますね、世界に名をとどろかせる公人が!」

「あなたとは違う状況で出会いたかった!」

「どうせやる事は変わらないでしょう!」

「正解ですよ!」


 互いの啖呵たんかが空に響くものの、その実力差は歴然としていた。

 ミケラルドの攻撃は殺さぬよう手加減しつつもエレノアを追い詰めている。

 放出する魔力が、一撃一撃異常なのだ。魔女と称されし魔族四天王ラティーファでさえも、吸血鬼ミケラルドの攻撃を防ぐだけで精一杯。

 その防御に要する魔力は、ミケラルドにとっては些細なもの。

 魔力容量の差は大きく、決着は時間の問題だった。

 その圧倒的な実力を前にエレノアは、ここでの勝負を捨てる他なかった。

 一瞬魔人に視線をやったエレノアに、ミケラルドが笑う。


「脱出ですか? つれないですねぇ」


 全てはミケラルドに見透かされつつも、エレノアに焦りは感じられなかった。

 当然、ミケラルドもそれに気づいていたのだ。


(まだ何か隠してるな……?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る