その578 西の空の下

 法王国から遠く、西の空の下。

 俺は未だに木龍グランドホルツの頭の上にいた。

 何故なら、ファーラの魔力影響以外の大きな情報が判明したからである。

 それすなわち、エレノアちゃんのいる方角である。

 木龍の風魔法により俺の分裂体の魔力の痕跡を復元するように呼び戻し、俺がそれを辿る。

 つまり、発信源の反応を木龍が大きくし、俺がそれを拾ったのだ。


「いいねいいねー。どんどん近付いてますよ」


 そう言うと、木龍は駆けながら難しい顔をして言った。


「だといいがな」

「というと?」

「法王国の西とは、シェルフの南で、ミナジリ共和国の南西。そこには北東の【オリンダル高山】と対を成す【イシス山脈】がある。昔の炎龍も住処もあの辺りだろう」

「あー、そう言えばディザスターエリアはここからやや南の方だね」

「何?」


 急に木龍がピタリと止まる。


「え、だから炎龍が住んでた場所はここからちょっと南だって言ったんですけど?」

「……ふむ」


 何やら考え込んでいらっしゃる木龍さん。

 けど、木龍はこの世界有数の有識者。答えが出るまで待つのが正解だろう。

 ならばこの時間を有効活用しなくてはいけない。

 さてさて、俺も色々考えなくちゃいけないな。

 ミケラルド探偵事務所が法王クルスによって承認された。そこにライゼン学校長の元生徒たちが従業員として働きに来る。ここまでは準備が出来た。

 後は、俺が作った新魔法を各国に根回しをして……ふむ、クインは確実に潰せるな。問題はシギュンだが、それも時間の問題。

 探偵事務所とは言っても、彼らはランクS程の能力だ。

 闇相手に動くにはまだ無理がある。だが、今回の作戦は法王国公式団体――騎士団が協力してくれている。これならば、シギュンの間抜け面を見る事が出来るだろう。ふふ、ふふふふ。覚えてろよ、あの女狐め……!


「何という笑みを浮かべているんだ、お前は」

「へ?」

「まるで悪魔のようだったぞ」

「大悪魔クラスにはまだ届かないようで安心しました」

「本当によく回る口だ」

「それで、答えは出たんですか?」

「炎龍ロードディザスターは以前、ここから西を縄張りにしていた。しかし、更に南下したという事は……」

「龍族のお引越し?」

「だとすれば、炎龍が南に追いやられたという事も考えなくてはならない」

「それってつまり……」

「そうだ、炎龍より強い奴がそこに現れた可能性がある」


 なるほど、それで木龍は考え込んでいたのか。


「炎龍よりって事は……エレノアか魔人、か」

「或いはその両方か」

「やだな、怖い事言わないでくださいよ」

「その二人は仲間だったはずだろう」

「一緒にいないってのは魔力の反応でわかりますから」

「分裂体が殺されている可能性は?」

「それも魔力反応でわかります」

「ふむ、杞憂だといいのだがな」


 そういう風に言われると、大体何か問題が起きるんだよなぁ。

 世界の因果律というかフラグというか……まぁとりあえず、それに対抗出来るように何かしら考えておかなくちゃな。

 それから木龍は再び駆け、西へ西へと向かった。まるで沈んだ太陽を追いかけるかのように。

 真っ暗になっても、イシス山脈と呼ばれる山々を跳びまわり、周囲を探った。

 やがて魔力反応がより強い反応を見せた時、俺たちはイシス山脈にある不可解な場所を見つけたのだ。


盆地ぼんち? いや、ちょっとおかしいですね?」

「そうだな、ここには盆地などなかった」


 世界の地形を記憶してるのか、この木龍は。


「人為的な盆地。山々の中に隠れる秘密の平地……ですか」


 現代地球なら衛星写真ですぐに見つかりそうだな。

 とはいえ、ここはファンタジー世界。

 空を駆るのは一部のモンスターくらいである。ならば、ここは隠れるには最適の場所と言えるだろう。


「……ふむ、この姿ではまずいか」

「え?」


 一瞬、木龍の言葉を理解出来なかったが、その直後……その意味を知った。

 俺は幾度もそれを目撃していたからである。


「あー、龍族の変態ですか」


 光に包まれた木龍。光からは身の丈が俺と同じくらいの……ふむ、やはり女性なのか。俺は慣れた手つきで、闇空間の中を漁り、その体躯に見合う動きやすい服を持って木龍の変態終了を待った。


「……待たせたな」

「レディー、こちらの御召し物をどうぞ」

「気が利くな」


 そう、ポーズまで決めて待っていたのだ。

 仏頂面の木龍。しかし、そのご尊顔は龍族の明るい未来を彷彿させた。

 究極のクールビューティー木龍。冷たい表情に見えるものの、冷徹さは感じないキツネ目のスレンダー美女。見た目は人間で言うならば三十半ばかそこらだろうか。風と緑を彷彿させるエメラルドグリーンの短髪。俺が用意した迷彩柄のパンツと白いシャツを着れば、あら不思議。軍人系ビューティーの完成である。涼しい顔でミサイルのスイッチを押しそうな感じに仕上がり、俺としては大満足である。


「……ふむ、悪くない」

「えぇ、とても悪くないです」


 とてもイイ。


「靴もありますが、裸足でよろしいので?」

「こちらのが動きやすい」


 まぁ確かにそれはそうかもしれないな。

 準備が出来たところで、人工盆地の調査に入る俺たちだった。

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