その542 法王国への帰還

「はぁ~……」


 法王国のナタリーの部屋に戻るなり、ナタリーは深い溜め息を見せた。

 今回、ナタリーは戦争にこそ参加しなかったが、その後の事務処理等に追われていた。勿論ロレッソにも言える事だが、ナタリーの存在は日に日に大きくなっているように感じる。

 俺は【ルーク・ダルマ・ランナー】という学校生活用の姿に【チェンジ】すると、彼女たちに言った。


「それじゃあ、後程授業で」

「あ、はい」


 勇者エメリーは、賢者プリシラに何を言われたのだろうか。


「お疲れ様でした」


 聖女アリスは、賢者プリシラに何を言われたのだろうか。

 俺がそれを知る事はない。何故ならプリシラに情報を遮断されてしまったのだから。あの後、二人が変わった様子はないが、雰囲気が少し柔らかくなったと思うのは気のせいだろうか。

 そんな事を考えながら、俺はナタリーの部屋から自分の部屋へ転移したのだった。


「うぇ?」


 戻ってビックリ。

 俺はルークの分裂体と目が合った。しかも生着替え中だった。

 一体、こんなのを見せつけられて誰が得をするのか。恥ずかしがりながら胸元を隠す分裂体の独特のギャグセンスに呆れながら、それを身体に戻す。

 着替えを済まし、この女子寮での仲間に声をかける。


「ヒミコ」

「は~ぃ」


 部屋の空間を歪めながらじわりと浮き出るように現れるヒミコ。

 ラジーンとは違い演出に凝った現れ方である。


「変わりは?」

「特には。ミケラルド様の分裂体は、この私をしても見分けがつきにくい程でしたわぁ」

「そう? 褒められると嬉しいね。っと、今日の授業は何だったっけ?」

「シギュンの授業にございます」

「……はぁ~。帰って来て早々シギュンか~……」

「ミケラルド様」

「え?」

「口元がニヤけていらっしゃいますわぁ」

「おっといけない。コホン。帰って来て早々シギュンか~……」

「素晴らしい演技力です」

「やったね」

「けれど、目元がニヤけていらっしゃいますわぁ」

「……絶世の美女ってのは何故こうも手ごわいのか」


 テープか何かで目元を固定したい系四歳児は、鏡の前で顔の体操をしてからレティシア嬢の部屋へ向かった。


「レティシア様、ルークです」

『はい!』


 何やらとても嬉しそうである。

 いつもより元気よく開かれた扉の先には、満面の笑みを見せるレティシア嬢。

 だが――、


「リボンが曲がってますね」

「ふふ、では直してくださる?」


 毎朝わざと曲げてくるのは、ある意味護衛いびりともとれるが、やってるのはレティシア嬢。いびりというよりおねだりに近い。おそらくこれはナタリーも知らないのだろう。


「さぁ、ルナ王女殿下のお部屋へ行きましょう」

「はいっ」


 思えば、こんなやり取りも久しぶりに感じる。

 戦争自体は短かったが、この短期間に起きた事はどれも濃いものだった。そう思ってしまうのも無理はないのかもしれない。


「ルナ王女殿下、ルークです」

「レティシアにございます」

『はい』


 扉を開けたルナ王女。

 ふむ、昨日の授与式の時に思ったが、ルナ王女の魔力……結構向上していないか? それに何だ? 彼女の身体を取り巻くこの黒く禍々しい魔力は……?

 と、思った時期もありました。どう見ても俺がかけた闇魔法【フルデバフ】である。


「……? どうかしました、ルーク?」

「リボンが曲がってますね」

「え?」


 言いながら俺は、ルナ王女の曲がっていないリボンを直すフリをして、彼女に掛かっている【フルデバフ】を解いた。直後、ルナ王女が嬉しそうに俺を見た。


「こちらの状態に慣れるのも必要ですから、今日は外しておきましょう」

「はいっ」

「とても素晴らしい成長をされていますよ」


 実際、彼女の実力は聖騎士学校の正規組の中ではトップレベルと言ってもいい。まぁ、ゲラルドにこそ遠く及ばないが、サッチの娘のサラを抜き、今やランクC相当の実力者と言える。

 こう見ると、彼女はきっと聖騎士になれるだけの器なのだろう。

 卒業したらブライアン王は娘に頭が上がらなくなるのではなかろうか。


「ふふふ、ルークのおかげですよ」


 はにかむように笑ったルナ王女に対し、何故かレティシア嬢は頬を膨らませていた。


「「ルーク様、御機嫌よう」」

「お、おはようございます」


 寮の廊下、聖騎士学校までの道のり、校内、そして教室と。

 様々な淑女たちの挨拶に応じ、朝から顔に疲れを見せる。

 だが、ここは聖騎士学校。シギュンが牛耳っているとも言うべき洗脳ランド。

 休んでいる期間中、シギュンの授業はなかったが、もしかしたら今日……シギュンが何かしてくる可能性がある。気は抜けないな。

 やがて現れる特別講師のシギュン。

 その顔はどこかいつもと違うような気がした。


「皆さん、おはようございます」

「「おはようございます!」」


 やはり、声にいつもの艶がない。正直、化けきれていないような気がする。

 もしかして、思った以上にパーシバルの引き抜きが効いているのかもしれない。

 今夜はミナジリ共和国でカンザスと、ナガレに会わなくちゃならない。その時に事情を聞けるだろう。

 シギュンは授業中何もしてこなかった。平和だったとさえ言える。

 それがかえって不気味で不安だったが、そんなモノは一瞬で吹き飛んでしまった。


「ルークさん……後程、講師室にいらしてください」


 美女の呼び出しひゃっほい。

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