その539 授与式

「どう? サマになってる?」


 俺はナタリーを見上げ、、、そう言った。

 すると、ナタリーは屈んで、、、俺の蝶ネクタイの傾きを直した。


「もう、いつもミックはだらしないなぁ」

「ん、ありがとう」


 脇には歪んだ顔の聖女アリスと、微笑む勇者エメリー。

 本日は、戦争の功労者たちを称え、勲章を授与する授与式、もとい伝達式というやつである。

 昨日の法王国訪問は法王クルスを威圧し、こちらの正当なる主張を伝えるため大人の姿のままだったが、今回は生死を共にした戦友たちを称える式である。ならば、ここでは本来の姿のが適切だろうというナタリーの素晴らしい判断である。正直、こういった部分はナタリーに頼らざるを得ない。我が優秀な参謀ロレッソ君が認めるナタリーの政治的判断は、もしかしたら天性のものなのかもしれない。


「どう、似合ってる?」


 俺が聞くと、エメリーは微笑んだままコクリと頷いてくれた。今、「エメリーお姉ちゃーん!」と抱き着きに行ったら、抱っこしてくれそうなくらいには微笑んでいる。

 でも、隣のアリスお姉ちゃんは絶対抱っこしてくれなさそうな顔をしてる。あれはダブルヘッドセンチピードを見る目と同じ目……え、この子、一体何を見てるの?


「何ですか、その目は?」

「それはこちらの台詞です。何ですか、その姿は?」

「ミナジリ共和国の元首って顔、してません?」

「幼児です」

「私の年齢は過去伝えたはずですが?」

「知ってるのと実際見るのではこうも違うのかと、今冷静に考えているところです」

「よかった冷静で。でも冷静に考えた上でその目をされると、少々傷つくのですが」

「黒焦げになっても一日で回復してましたよね」


 なるほど、とても冷静である。冷たさすら感じさせる程だ。

 俺がぞくりとアリスの怖さを体感していると、ナタリーがアリスの手をとり、背伸びしてそれを高く挙げた。


「アリスちゃんの勝ちっ」


 ナタリーによるウィナー宣言。

 チキンディナーに決まったアリスは、一瞬困惑するもふんすと鼻息を吐き、嬉しそうな表情をした。流石は聖女、聖女は魔族を倒してなんぼである。

 隣にいるエメリーの苦笑に癒されていると、部屋を覗きに来る存在が一人。


「ミック、時間だぞ」

「ありがとう、リィたん、、、、


 そうなのだ。今、この前線基地にはリィたんがいるのだ。

 何故ならリーガル国王の名代としてルナ王女がここにいるからである。適当な理由を見繕えばレティシア嬢がルナ王女のサポートとして来る事など造作もない。護衛対象であるルナ王女とレティシア嬢が前線基地にいるのであれば、臨時で護衛を任せているリィたんが前線基地に来ても問題ない。そういう事である。

 戦争中は前線基地を留守にする事から、彼女たちは連れて来れなかったが、戦争が終わってしまえばどうという事はない。

 連合軍の特性上、この場限り、この日限りである以上、この式典をおいて他に場やタイミングがない。授与式と同時に戦死者への弔いも必要となる。そんな訳で、弔辞を述べるためにシェルフ族長の娘であるメアリィが来てくれた。これは嬉しい誤算と言える。

 そう考えると、今通っている聖騎士学校がどれだけ凄い場所なのかを考えさせられる。次代の王族たちがいるのだ。俺も彼女たちを肩を並べ、恥ずかしくない存在として頑張らなくてはならない。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「あ~~、恥ずかしかった」


 勲章授与式と言っても、俺が作ったミスリル製の水龍勲章をリィたんに渡し、リィたんが受勲者に渡すというだけのものである。本来、俺から直接渡すべきなのだが、リィたんが乗り気という事もあり、水龍リバイアタンから勲章を渡される事の有益性を考えれば、この特例もアリなのだろう。

 授与式では冒険者たちにも勲章が授与され、とりわけ優秀な戦果をあげた緋焔ひえんなるパーティのキッカさんが代表してこれを受勲した。ニヤニヤと俺を見るキッカの視線は、余り良いモノとは言えなかった。去り際の「可愛いですね~、可愛いですね~……くふふふ」とか聞こえてくれば寒気すら覚えるだろう。何とも恥ずかしい思いをしたが、勲章授与式は無事終わった。

 俺はソファにもたれかかり、この数日で見慣れてしまった天井を睨む。


「リッチ、レオ、ラティーファ、そしてスパニッシュちちうえ……か」

「物騒な名前ばかり並べてますね」

「知ってました? 聖女、、って称号は魔族にとって物騒なんですよ」

「それは初耳ですね」

「どうしたんですか、わざわざ労いに来てくれたんですか?」

「『そうです』と言えば喜んでくれるんですか?」

人並み、、、には」

「……対象がおかしくないですか?」

「魔族にそういう言葉があればよかったんですけどね。あ、皆さんの様子はどうですか?」

「初めて使う一部の皆さんは、転移魔法には驚いてましたけど……とどこおりなく」


 皆、ちゃんと母国に帰ったか。

 世界のためとはいえ、異国の地で戦争を強いられる。皆、無意識下で過度なストレスを抱えていた事だろう。母国に帰ったら是非ともリフレッシュしてもらいたいものだ。


「ここはどうするんですか?」

「リプトゥア国へ譲渡するつもりですよ。まぁ、しばらくは監視を付けなくちゃいけませんけどね。そこら辺はブライアン王が上手くやるでしょう」

「そう……ですか」

「何ですか、その顔?」

「聖女って顔してません?」


 俺の言葉を真似ると共に、アリスは指で笑みを作って見せた。

 それは、心から笑えていない……何とも言えない作り笑顔だった。


「……確かに、ここにも見えないストレスがあるみたいですね」

「へ?」

「そうだ、アリスさん。今日までお休みもらってましたよね?」

「はい、そうですけど?」

「ミナジリ共和国に来てみません?」

「……はい?」

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