◆その534 残る謎

 大地に膝を突き、空を仰ぐ男――ミケラルド・オード・ミナジリ。


「はぁはぁはぁ……」


 大きく息を乱しながら息を整え、やがて周囲を見渡す。

 右翼、ガンドフ陸戦隊の損害は大きく、開戦時と比べると半分以下になったドワーフたち。ドノバンやコバック、イチロウ、ジロウも疲弊し、ミナジリ共和国の兵も著しく減っていた。

 左翼、サイトゥ率いるダークマーダラーの軍勢の四割は倒れ、冒険者たちも甚大な被害を受けていた。両翼を支えていたリーガル国戦騎団も、被害こそ軽微なものの数多くの兵が大きな怪我を負っていた。

 そして、この中で一番の被害を受けたのは、右翼前方を任されていた法王国騎士団だった。団長のアルゴスは一割にも満たない騎士団を見、ただただ口を結んでいた。

 そう、ミケラルドが右翼にミナジリ共和国の大きな戦力であるリィたんを回したのは、これが理由だった。

 そんな騎士団の中から、ミケラルドに向かって馬を走らせて来る騎士が一人。


「ミケラルド様!」


 騎士団の第二部隊隊長ストラッグである。

 馬を止め、下馬したストラッグはミケラルドの下へ駆け寄りその姿を見て絶句する。

 魔人とミケラルドの最後の衝突。魔人の怒りを引き出したミケラルドは、その直線的な攻撃を確かに受けた。受け切ったとも言える。しかし、ミケラルドが予期せぬ攻撃の余波は、深刻なダメージを与えていた。

 ストラッグが見たソレは、腕と言うにはあまりにも黒く、禍々しく焦げ付いた何かだった。


「あ、ストラッグさん。お疲れ様です」


 ミケラルドはいつもの調子で言うも、その顔には明らかな無理が見えた。

 脂汗を滲ませ、しかし笑う。そんな異常な光景に呑まれつつも、ストラッグはかぶりを振ってミケラルドに言った。


「っ! ミ、ミケラルド様、被害多数ながらも魔族軍の撃退に成功致しました!」

「ははは、撃退……ね」


 ストラッグの言葉も、被害状況を見渡すミケラルド自身は納得出来ない様子だった。

 無論、ストラッグもそれが理解出来た。しかし、多くの兵を納得させるため、ストラッグはそう報告するしかなかったのだ。


「うぅ……!」


 ミケラルドの黒い腕が徐々に回復していく。それは、【超回復】や【きわみ再生】などの能力が発動している証拠と言えた。

 しかしそれでも、ミケラルドの腕の回復は遅いと言わざるを得なかった。


(これは……ただの火傷じゃない。これはもしかして……!)


 ミケラルドの脳裏に過ったもの。しかし、それを解とするには、時期尚早と言えた。


「まずは勝鬨……だな。く……くくっ……!」


 痛む手をゆっくりと握り、震えながらそらへと掲げる。

 精一杯声を振り絞り、戦場に響く声――。


「俺たちの……勝ちだ!」

「「ゥ、ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 掲げられたミケラルドの腕が、声が……皆に辛勝だったと理解させる。

 しかし、それを誤魔化すように、自身の心を偽るように、皆は高らかに声をあげた。

 黒い腕を上げるミケラルドに近付く少女が一人。

 それは聖女アリスだった。


「ミケラルドさんっ!」


 心配そうなアリスの声には、強い憤りと深い悲しみが内包していた。

 出来る事ならば肩を貸してやりたい。アリスもストラッグもそう思っていた。しかし、彼の真っ黒に焦げた腕を見ては、ほんの少し触れるだけでミケラルドに苦痛を与えてしまう。

 そんな中、もう一つの足音が響く。

 それは、この戦場においてもっとも軽い足取りだった。

 何故ならその者は、この戦争に参加していなかった人物だったからだ。


「ナタリー……?」


 固く口を結んだナタリーは、ミケラルドの傷を震える瞳で見ていた。

 そしてただミケラルドに近付き、闇魔法【ダークヒール】を発動したのだ。


「サンキュー……」

「……無茶し過ぎなんだから」

「リィたんとジェイル師匠にも、お礼言わなくちゃな」

「ミックの指示があるまで、リィたん止めるの大変だったんだからね」

「凄いな、リィたんを止めてたのか」

「リィたんが『今はこっちのが安全だろうから』って、私をこっちに送ってくれたの」

「ははは、流石リィたん……」


 苦笑するミケラルドだが、ナタリーはその調子だけは合わせられずにいた。


(ダークヒールが、ほとんど反応しない……)

「やっぱり一回腕斬り落として再生した方がいいかな?」

「き、効かない訳じゃないんだからいいの!」

「あ、そう?」


 そこへ遅れてやって来るエメリーやラジーンたち。


「ミケラルドさん!」

「ミケラルド様!」

「ガキィッ!」

「やぁエメリーさん、お疲れ様」

「そ、その腕……」

「最近流行の黒焦げスタイルです」

「えっとその……」

「あ、ラジーン、皆の回復と被害状況の把握を任せた」

「はっ!」

「それにドゥムガ、しっかり生き残ったじゃないか」

「ガハハハッ! スパニッシュ如きに後れをとる俺様じゃねぇよ!」

「あ、ちょっとおぶってよ」

「あぁん?」


 ドゥムガはそう聞きながらナタリーに目をやる。

 ナタリーが一つ頷くと、鼻息をすんと吐いたドゥムガが後頭部をポリポリと掻きながらミケラルドに近付き、その手を取った。


「いっつっ!?」


 そう、なかば強引にミケラルドを背負ったのだ。

 しかし、誰もドゥムガの行動を責めなかった。何故ならそれはミケラルド自身の思惑と言えたからだ。がさつなドゥムガに、えてがさつに振舞ってもらう。皆に気を遣ってもらう事をミケラルドが嫌ったのだ。


「ダイルレックスの鱗って……ナニコレ? ガサガサじゃん」

「うるせぇな! 食っちまうぞ!」

「綺麗な女性におぶってもらいたかった」

「その発言はどうかと思うぜ」

「リィたんなら?」

「そりゃ……ふん、なるほど、サマになるじゃねぇか」


 ドゥムガとミケラルドは、そんな冗談を言い合いながら前線基地へと戻って行く。皆はただ、背負われたミケラルドの背中を見守る事しか出来なかったのだった。

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