その522 問題発生

「……近いな」


 深夜。

 作戦会議室の椅子に腰かけながら、俺はボソりと呟いた。

 これまでこんな感覚はなかったが、相手の数が数だけに……俺は気付いてしまったのだ。


「ミケラルド様」


 声だけが作戦会議室に響く。


「ラジーンか、どうだった?」


 俺がラジーンに依頼した内容、それは――、


「やはり【聖騎士団、、、、】は発見出来ませんでした。法王クルス様は何と?」

「いや、出発してからの事はわからないそうだ」

「一体、何が起きているのでしょう?」

「さぁね、SSSトリプル相当のオルグ聖騎士団長とSSダブル相当実力者を擁する聖騎士団員計六百人をどうにか出来る相手が現れたとしか言えないな」

「……やはり、闇ギルドが?」

「可能性はあるな。まったく、困ったもんだよ」


 俺が「ふぅ」と息を吐くと、ラジーンが言った。


「……まるで、聖騎士団がいなくとも勝利出来るようなご様子ですが?」

「勝てるよ」

「っ!」

「何事もなければね。……って、これは言っちゃいけないやつだな」

「……ふふふ、確かに」

「でも、どうしても被害が増えちゃうなぁ。左翼を担うドゥムガの負担が倍増……どころじゃないもんな」

「再調整、でしょうか?」

「いや、もうそんな時間はない」

「まさか、既に魔族がっ!?」


 ラジーンが驚くと共に、外から大きな喧噪けんそうが聞こえてくる。


物見ものみから連絡が入ったみたいだね」

「いつお気づきに……?」

「ラジーンが来る直前だよ。数は二万ってところかな。あぁ、こっちはいいから自分の部隊をよろしく」

「か、かしこまりました!」


 そんな驚き交じりの声と共に、ラジーンの気配が消えていく。

 それと行き違いになったように、この作戦会議室に近付いて来る気配が二つ。

 ドタンと開けられた扉には、先程までシャワーに喜びを見せていた乙女が二人。


「「ミケラルドさんっ!」」

「しっかり休めましたか? エメリーさん、アリスさん」

「「はい!」」

「よろしい、それでは我々の作戦を説明します」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 空がぼんやりと明るくなり、闇から群青へと変わる頃、俺、エメリー、アリスの三人はリーガル戦騎団の前――中央軍のさきにいた。

 緊張を露わにする二人を前に、俺はいつものように言った。


「アリスさん、アリスさんが結成したオリハルコンズが遂にここまで来ましたね。勇者に聖女に道化、中々良いパーティだと思うんですがどうでしょう?」


 緊張より呆れが勝ったのだろう。圧勝したのだろう。

 アリスもいつもの調子で溜め息を吐いて付き合ってくれた。


「はぁ……ご自分のくくりがおかしいと思った事はないんですか?」

「そうですね、やっぱり聖女には無理があるんで聖者って事にしようかなと思案中です」

「何で私が道化って事になってるんですかっ!?」

「えぇ? でも私、アリスさんより上手く【聖加護、、、】使えますし?」

「くっ! 何でそんな大切な情報を今まで教えてくれなかったんですかっ!」

「それを言う場とタイミングがここだったんですよ」

「それはもう昨日聞きましたっ!」

「大切が故に秘匿にしなくちゃいけないって事です。魔族が【聖加護】を使えるなんて知れ渡ったら大騒ぎですからね。ここなら、アリスさんの力って事で全軍に使えるじゃないですか」

「普通の聖女はパーティに聖加護施すのが精いっぱいなんです!」

「普通の聖女って言葉がもうおかしいですね」

「むきぃいい!」


 猿みたいな声を出したアリス。

 その間、苦笑しながらそれを見ていたエメリーが言う。


「でも、本当に聖騎士団が来ないなんて信じられないです」


 それを聞き、アリスの顔が不安に染まる。

 オルグ団長たちを思っての事だろう。

 聖騎士団の不在――この報を受けて動揺しない者はいない。各国の兵たちにはトップを通して「敵の別動隊を発見したため、これを叩いてもらう」と説明し事なきを得たが、この本陣の戦力が減ったという事には変わりない。

 これを聞いた時、アリス、エメリーにも少なからず動揺が走ったが、それ以上に戦時下という認識、緊張に傾いたのはせめてもの救いだ。


「シギュンが動いたんでしょうか……?」


 エメリーが俺に聞く。


「副団長のシギュンだけでは聖騎士団六百名の動きをどうこうする事は出来ないでしょう。こればかりはもっと大きな力が働いてるとしか思えませんね」


 シギュンは確かに聖騎士団員たちの心を掌握している。

 しかし、その手駒をみすみす捨てるとは考えにくい。

 聖騎士団はおそらくどこかで足止めを食っている。オルグと面識のあるバルト商会のバルトに頼み、【テレパシー】で連絡をとってもらったが、反応はなかったという話だ。……なんともきな臭い話である。

 そんな事を考えていると、隣のアリスが急に自身の肩を抱いたのだ。


「……ぁ」


 微かに零れたその声を拾った時、それはアリスの恐怖心が招いた声だと気付いた。エメリーも自分の拳をギュッと握り、ソレを確かめている。

 実力者から徐々に広がったソレは各国の団長たちでも防げるものではなかった。


「まずは妖魔族不死種――グールか」


 不規則な足並み。その音は現れた相手が何なのか教えてくれる。


「奥に見えるのは妖魔族エレメント種――レイス……アークレイスもいるな」


 ふわりと不気味に浮かび漂う幽霊のような存在。

 そして、その奥に見える巨大な浮遊骸骨――、


「あれが不死王リッチか」


 ミナジリ暦二年六月二十日早朝――――俺たちは魔族の侵略軍と対峙したのだった。


「帰りてぇ~……」

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