その511 聖女アリスのバックアタック

 眼前には銀髪のボーイッシュ系美少女の勇者エメリー。

 背後には黒髪のツッコミ系美少女の聖女アリス。

 挟まれた黒銀の髪を持つそう私は魔族。ヨコシマ系元首の吸血鬼ミケラルドである。


「どんなよこしまな考えをしているのかわかりませんが、これ以上エメリーさんに近付くのであれば、私にも考えがあります! あ、あるんですからねっ!」


 二度も強調して言うあたり、何も考えていないのがバレバレである。

 とはいえ、杖を持ったアリスは危険だ。マスターゴブリンを撲殺出来る力を持っている。それ以上に、彼女の【聖加護】がこの場で発動したとなれば、俺は二度目の死を迎える事になってしまう。とはいえ、歓迎したくない事象である。


「アリスさん、都合が悪い理由はわかったので。今度で結構ですよ」


 そう言うと俺はアリスが小首を傾げる。

 今日は聖騎士学校はお休み。休日なのだ、沢山惰眠だみんをむさぼりたい。その気持ちはわからないでもない。俺だってゴロゴロしていたい時もある。

 休日は昼まで……いや、一日中パジャマや寝間着ねまきで過ごすという人もいるのではないだろうか?

 アリスがどうなのかはわからないが、現に俺の前にいるアリスは、杖を俺に向けながらも、白いワンピースタイプのパジャマを着ている。

 昼前ではあるが、若者らしいと言えばらしいのだろう。


「都合が悪い理由……?」


 おや? どうやら、パジャマを着ている事は彼女にとって都合が悪いという事ではないようだ。なら別の理由だったのだろうか。そういえば、最初扉を開けた時、そういった反応はなかった。

 とはいえ、アリスも女性である。俺は彼女のパジャマを指差す。

 その指摘を受け、アリスは自身の首から下を見た。そして思い出したようにハッとしたのだ。


「シルクのパジャマですか? とても素敵ですね」


 言うと、アリスは顔を真っ赤にしながら俺を見た。

 そして、


「こ、これは違うんです!」


 どうやらシルクじゃないらしい。


「休日は昼まで……いえ、一日中パジャマで過ごすという人もいるんじゃないでしょうか!?」


 どこかで聞いたような話だ。


「そう思って、物は試しという事で実験してみようかと思った訳でして!」


 続きがあるとは思ってなかった。


「だから普段からこうって事はないんです! 違うんです!」


 なるほど、「違う」とはこういう事か。


「苦しい言い訳にしか聞こえないですけど?」

「っっっ~!! 馬鹿っ!!」


 そう叫ぶや否や、アリスは部屋に戻って行った。

 アリスの部屋からドッタンバッタンと物音が聞こえるのは気のせいじゃないはずだ。

 俺はエメリーに向き直り、もう一度言った。


「どうです? お時間ありますか?」

「あの……じゃあ、三十分後にお外で」

「ありがとうございます」


 エメリーが扉を閉める時、ちらりと見えてしまったのだが……どうやら彼女も寝間着姿だったようだ。おじさんとしては眼福としか言えません。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「お、お待たせしましたっ」


 女子寮の外で、ミナジリ共和国のロレッソに指示を出しながら待っていると、勇者エメリーが身支度をしてやって来た。


「あぁ、エメリーさん。さっきはありがとうございました」

「え? 私お礼言われるような事しましたっけ?」

「あ、いえ。そういえばそうかもしれません」


 俺がそう言うと、エメリーはキョトンとしながら首を傾げた。


「ふんっ」


 エメリーの後ろには仏頂面しながらそっぽを向く、聖女アリスがいた。

 それを見て俺は、エメリーに言う。


「アリスさんが通るみたいですよ。道を譲ってあげましょう」


 ここは女子寮の出入口。通行の邪魔になってはいけない。

 そんな優しさをアピールしつつエメリーに言うと、アリスの口元がピクピクと反応した。


「あ、アリスさんも一緒に行くって言ってました」

「おや? 都合が悪いと聞いていましたが?」


 と、わざとらしく言うとアリスがバッと俺に向く。


「女子寮にいきなり来られたら誰だってそう言うもんなんですっ!」

「らしいですよ?」


 と、その話題をエメリーに振る。


「へー、そうなんですね」


 エメリーはどうやらアリスの意図に気付いていないようだ。

 こういう子を無垢というのかもしれない。流石勇者である。

 エメリーのコメントをもらった俺は、アリスに顔を向ける。彼女は頬に大きな飴玉を二つ頬張っているんじゃないかって位、頬を膨らませていた。なるほど、彼女もまた純である。


「それで本当なんですか? その覚醒の条件が揃った場所って……?」


 勇者エメリーにとって、魔王と戦うためにも【覚醒】は必須項目である。

 魔族の【覚醒】とは違い、勇者は天恵により得た内に眠る力――これを爆発的に増大出来るのだ。

【覚醒】した勇者の実力はZ区分ゼットくぶんの領域に踏み込むという。謂わば、人類最後の絶対防衛ライン。それが勇者という存在なのだ。


「えぇ、もうすぐだと思います」

「もうすぐ?」


 首を傾げたエメリーと、横から顔をずいと出すアリス。


「そういうのいいですから」


 情緒や順序を大事にしたい俺だが、ここに関してはアリスの意見ももっともだ。ならば言おう、そう、満面の笑みで。


「戦争です」

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