その504 来賓プリシラ

「ふふん、ここがミナジリ共和国かっ」

「窓にあんまり近付かないでください。ただでさえ闇ギルドが五月蠅うるさいんですから」

「近所迷惑な隣人かのように言うね? 流石は世界一の武力を持ったミナジリ共和国の元首だ」


 プリシラの身支度……なんてものはなく、身着みきまま、俺はミナジリ共和国にあるミナジリ邸へ彼女と共に転移した。

 この方法ならば、プリシラの存在を外部に漏らす事はないだろうし、俺が出かけていたという事も漏れないだろう。


「ふむふむ、素敵な部屋じゃないか……」


 貸し出す部屋を見渡すプリシラが、顎を揉みながら言う。


「一応国賓扱いですからね。この部屋にはサマリア公爵も泊まった事がありますよ」

「ほぉ? ふふふふ、大事にされているね。ところで、その『一応』という部分の詳細を聞きたいところだね?」

「頭に『極秘裏』って言葉が付きますからね。あんまり歩き回らないでくださいよ?」

「何を言う。明日にはベッドから動けなくなっているさ」

「返答に困る内容を明るく言わないでください」


 本当にそうなのか怪しくなってきたところだ。

 だが、彼女が嘘を言うとは思えない。


「ラジーン、シュッツ」

「はっ」

「お呼びでしょうか、ミケラルド様」


 ラジーンが天井裏から、シュバイツシュッツは廊下から室内へ入って来る。そんな神業的な二人の行動を、プリシラは楽しむように眺めていた。


「優秀な部下だねぇ」

「相手が相手なもので」

あるじが優秀だからかな? ふふふふ」

「ミケラルド様、こちらは?」


 ラジーンは気付いていただろうが、シュッツは彼女に初めて会う。二人に詳細を伝えるため、俺は事の成り行きを掻い摘んで説明した。


「――という訳で、今日から死ぬまで、彼女はウチに居座る事になった」

「何とも含みのある言い方だねぇ」


 肩を竦めて言ったプリシラ。


「含めると大変な事になりますよ」

「あはは、なるほどね。読み違えてしまったか」


 そんなやり取りを聞いていたシュッツが俺に耳打ちする。


「この任、任せたい者がいるのですが、よろしいでしょうか?」

「俺に許可を求めるって事は……コリンか」

「本来であれば責任持って私が務める仕事でしょうが、このタイミングを逃さない手はないかと」


 相手が女性である事から、身の回りの世話は当然シュッツよりかは女性向き。更にはコリンは俺が血を吸っていない人間。つまり、コリンは何にも縛られない人間なのだ。どこかにプリシラの情報が漏れる可能性もある。だからシュッツは俺に許可を求めた、そういう訳だ。


「構わないよ」


 意外にも許可を出したのはプリシラだった。

 凄いな、今の声を拾ったのか。……いや、微かに魔力が動いた気配?


「【呼び戻しの風】の応用でね、集音する事は簡単なんだよ。いいよ、優秀な二人が私の世話っていう重要な任を任せようとする者に、私も会いたくなった。彼女の成長になるのなら、私は喜んで踏み台となろうじゃないか」


 目をぱちくりとさせたシュッツが、その目のまま俺を見る。俺は肩をすくめ、「コリンを呼んで来てくれ」と言うとシュッツは頭を下げ部屋を出て行った。

 俺は次にラジーンに目をやり言った。


「ここの警護者は選抜して報告しろ。ロレッソにも話を通しておく」

「かしこまりました」


 ラジーンが消えると、俺はプリシラに向き直る。


「何か必要な物はありますか?」

「酒と女」

「そこは男でしょうよ」

「ははは、一度は言ってみたかったんだよ」

「お酒はコリンに頼んでください。彼女が許可したならば問題ありません」

「そのコリンという女、君からかなりの信頼を得ているんだね。早く会ってみたいよ」

『し、失礼いたしますっ』


 噂をすればである。

 扉の奥から聞こえるコリンの声。


「入っていいよ」


 入室の許可を出すと、サービスワゴンに載せたお茶を運んで来たコリンが現れる。俺越しにひょこりとコリンを見ようとするプリシラと、サービスワゴンに隠れて見えないコリン。


「……ミナジリ共和国では幽霊でも飼っているのかい?」

「何を仰ってるのか皆目見当もつきませんね。物理的に見えないだけですよ」

「はぁ?」


 と言ったプリシラも、コリンがサービスワゴンの陰から顔をのぞかせた瞬間目を見開いた。

 わたたとサービスワゴンの隣に移動し、深くお辞儀するコリン。


「こここの度っ、プリシラ様のお世話を言い付かったコリンにございます! 精一杯やりますのでよろしくお願いしますっ!」


 コリンのお辞儀は九十度。その頭を上げるのもプリシラの許可待ちである。

 プリシラはコリンを指差し俺に言う。


「コリン?」

「コリン」

「本当にコリン?」

「貴方が許可したコリン、七ちゃいです」


 双黒そうこくの賢者と言えど、我が屋敷の従業員の全てを知っている訳ではない。そういう事だ。まさか幼女(偽)の前に幼女(真)が現れるとは思っていなかったようだ。

 お辞儀に耐えられないようで、脚がプルプルしてきたコリンを見て、俺はプリシラに耳打ちする。


「褒めて伸びるタイプです」

「何を褒めればいいんだっ?」

「噛まずに言えたじゃないですか」

「褒める事なのかっ?」

「褒めない事だとでも? ほら、つらそうですよ」


 困ったプリシラも、震えるコリンも、何とも可愛いものである。


「プ、プリシラだっ。よく噛まずに言えたねっ」


 本物の幼女の前では、賢者の風格も揺るがずにはいられない。


「ありがとうございますっ! へへっ」


 それだけの事である。

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