その493 ミケラルドとシギュン
「あら、おわかりになりまして?」
気持ちがいいくらいに憎悪ハーモニーを奏でた俺とシギュン。
お茶を俺の前に差し出したシギュンはニヤリと笑ってから更に言う。
「毒です♪」
人類史上、これほどまでに明るく言い放たれた「毒です」があっただろうか。
「とても美味しそうですね」
「ふふふ、ここまで皮肉の通じないお相手は初めてです」
「いやぁ、失うモノがないというのは怖いものですね。法王国とミナジリ共和国の戦争すら辞さないというご様子」
「法王陛下とミケラルド様がそんな事を望まないのは百も承知ですから」
「聖騎士団を牛耳っているのはそのためと言いたげですね」
「やはりお気づきなのですね」
「非常に優秀です。
「お褒めに与り光栄ですわ」
「悪い方ですねぇ」
「悪い女はお嫌いですか?」
「私と敵対しなければ別に」
「こちらとしては、引いて頂いてもよろしいのですが?」
「
「「…………」」
ようやく言葉に詰まってくれたか。
こちらの手札は余り見せたくないが、こればかりは見せない訳にはいかない。
シギュンが【無敵の人】とわかった以上、出来るだけ釘は刺しておきたい。
――彼女は全て理解している。
俺がここでシギュンを殺したとしたら、対外的にミナジリ共和国が不利になる事。かといって見逃せばシギュンが動きやすくなるという事。そして、俺がここで手を出さないという事も……。
「私についてお詳しいようですね」
「それは、あなたが自分を
「あら、いつそんな事を言いまして?」
「ま、確かに言い切ってはいませんね」
「ふふふ、そういう潔いところ。好感を持てますわ」
「それはそれは、お茶を誘った甲斐があります」
ピクリと反応するシギュン。
これは、二年生の伝言ラッシュを使って伝えた――
「情報の出所はライゼン学校長かしら?」
やはり、そこを疑うのが必然か。
「どうとってもらっても構いません」
「正直に仰ってください。こちらには優秀な手駒がいますから」
それはもしかしてルークという男子生徒では?
いやほんと、お褒めに与り光栄ですよ。
「……なるほど、私の授業へライゼン学校長が頻繁にいらっしゃっているのを一年生の生徒に聞いた、と」
「どう受け取ってもらっても構いませんわ」
「では、そう受け取っておきます」
ニヤリと笑うシギュン。
何とも美しく妖艶な笑みである。
いかようにでも動けるという保険がなければ、近寄りがたい存在だ。
やはりルークでシギュンに近付くのは危ないかもしれないな。
「ふふ、あの男も愚かですわ。役に立たない兵をかき集めたところで、所詮、私の敵ではありませんのに」
「役に立たないのではなく、あなたに抗えた優秀な生徒たちだからですよ」
「……二年生の件は大変勉強になりました」
「それはそれは、何よりです」
「どうやらミケラルド様に二年生を任せたのは悪手だったようです」
「そういう潔いところ。好感を持てますよ」
「まったく、私の一年の成果が一瞬で消え去ってしまいました」
わざとらしく嘆くシギュン。まぁ、シギュンがブチギレてしまった原因でもある。あの後、二年生に掛かっていた洗脳を解く事に時間を割いたからな。
一年かけて洗脳を続けたものがパァになったのであれば、そりゃ怒るか。
「ですが、これからはそういう訳にもいきません」
「というと?」
「そうですね……いえ、これはまだお教えする事は出来ません」
「ははは、もったいぶりますね。嬉々として語りたい。そんなお顔をしてらっしゃいますよ?」
「ふふふ、出来ればこの時を長く共有したいと思うくらいには、この空間は居心地が良いようです」
「であれば、これからも是非ともご一緒したいものですね。シギュン殿のように美しい方はこの世に数人といませんから」
「先程の質問、まだお返事を頂いてませんでしたわ。もし引いて頂けるのであれば、私としてもミケラルド様とご一緒したく存じます」
「残念ながら答えはノーです。たとえ外見が美しくとも、心が醜いのはちょっと」
直後、ピシリという陶器が割れる音が部屋に響いた。
見ると、先程シギュンが持っていた陶器のティーポットに
何とも、恐ろしい魔力である。
目を伏せ、震えているシギュンの顔は何とかポーカーフェイスを保っている。
しかし、外にいるクインより憤怒に燃えているのは明白だ。
「…………そう言えば――」
晴れやかな笑顔を見せ、
「――誘って頂いたお礼にお茶を用意しましたの――」
弾むような声でシギュンが言う。
「是非、感想を聞かせてください♪」
それ、毒とか言ってなかった?
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