その458 にらめっこ1

 リィたんが中央に来ると、ルナ王女が俺に言った。


「ルーク殿、何かアドバイスを」


 レティシア嬢の勇気を見せつけられ、負けられないが故にアドバイスを求める。そうそう、貴族とはプライドを大事にするが、こういう泥臭い考えも持たなくちゃ。ルナ王女の相手は水龍リバイアタン。むしろ、何の策を持たずに前に立つのは無謀と言えるだろう。


「そうですね、攻め続ける事が何よりの活路ですかね」

「殺気で……攻め続ける?」

「相手はリィたん、必ず初手は受けてくれるでしょうから、初手を逃せば勝ちはありません。制限時間まで殺気を維持出来ればあるいは……」

「わかりました」


 まだ震えは止まらないか。


「もし痛み分けまで持っていったら何かプレゼントをあげましょう」

「それは……」


 くすりと笑うルナ王女。


「ふふ、とても素晴らしいアドバイスでした」


 次代の王族というのも大変だな。

 家を背負って水龍と対峙しなくてはいけない。

 俺はレティシア嬢を抱え後方へさがる。


「まずいっ!」


 少年漫画の主人公が油断したような声を出したのはナタリーちゃんだった。

 ナタリーは俺に駆け寄り……ん?

 俺というよりナタリーはレティシア嬢を見ている。

 そしてレティシア嬢はレティシア嬢で俺の首に手をまわしているように見える。頬擦りしているように見えるのは気のせいか?

 ナタリーは俺の目の前に来るなり、レティシア嬢のほっぺをつまんで伸ばした。


「それが目的ね、レティシアァ?」


 ぷにーと引き伸ばされるレティシアの頬。


「ナタリーさん、レティシアお嬢様は今――」

「――もう、起きてるわよ」

「は?」

「ルークが抱え上げる時、この子手を伸ばしてルークの首に手をまわしてたわ」


 ナタリーの言葉が聞こえたのか、レティシアの身体がピクリと反応する。


「……………………うぅ?」


 起きてるな。


「ね、起きてるでしょ?」

「レティシアお嬢様、起きているのでしたら観戦を。ルナ王女殿下の応援をしてください」


 俺が言うと、レティシアは頬を膨らませて起きた。というか起きてた。


「んもう、少しくらいいいじゃありませんかっ」


 俺がレティシア嬢をおろすと、オベイルが試合開始を告げていた。


「始め」


 開始と共にルナ王女は腰の剣に手を添えた。

 凶器に触れるのは悪い事じゃない。殺気をイメージしやすくなるからな。

 案の定、リィたんはルナ王女の殺気を受け切るつもりらしい。強者に許された態度であると共に、何とも優しい性格である。

 ここは皆が経験する場、一瞬で終わらせるべきではない。ならばリィたんの行動は正解なのだろう。

 ルナ王女の実力はそろそろランクCに差し掛かるところ。殺気という未開拓の能力ではあるが、使えない訳ではない。

 ルナ王女が開眼すると共に、周囲にジワリと殺気が漏れ始める。

 ピリピリと伝わる殺気に、リィたんは涼しげな表情である。


「くっ!」


 本来、殺気を放つのは一瞬。

 それを持続させるのは困難である。

 俺も難しいアドバイスをしたと思うが、これが出来なくては実力者とは言えない。

 だからこそなのだろう、リィたんは剣を引き抜いて言った。


「どれ、協力してやろう」


 対戦相手からの協力申請。


「っ!?」


 直後、皆は戦慄する。

 リィたんは引き抜いた剣をルナ王女の首にピタリと当てたのだ。リィたんに殺気はない。ただルナ王女の首に剣を当てているだけ。

 だが、何もないからこその恐怖もある。


「一歩でも動けば死ぬ。倒れても死ぬ。私の手元が狂えば死ぬ」


 そうだな、あの位置は少しでも動けば剣の刃が頸動脈けいどうみゃくをアレしてしまう。

 殺気はなくとも、アクシデント一つで死んでしまう位置に剣がある。何とも怖い協力である。

 がしかし、これでルナ王女も吹っ切れたのだろう。

 死ぬかもしれないという境地の中、集中力と共に殺気の精度、圧力が一段階上がった。


「ふっ……ふっ……」


 こちらにまで心音が聞こえそうな程の荒い呼吸だが、ルナ王女は恐怖に抗い、殺気を放出し続けた。凄い先生もいたものだ。殺気だけならルナ王女は今Bランクの冒険者に迫るだろう。

 だが、それも長く続かない。

 ルナ王女は遂に力尽き、その場に膝を突いてしまう。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 力尽きたとは言え、防衛本能を見せたとは言えない。

 何故ならリィたんは、まだ殺気の「さ」の字も見せていないのだから。

 ルナ王女から敗北を宣言する事はない。レティシア嬢の勇気を前にして全力を出す事を誓ったのだから。

 ならば、リィたんの殺気を受けるまで、ルナ王女が引く事はないだろう。


「では、私の番だな」


 制限時間も迫る中、リィたんはくるりと横を向いた。

 顔をそらした事で、ルナ王女が小首を傾げる。

 リィたんが見据えたのは、ルナ王女ではなかった。その視線の先には、腕を組んで胡坐あぐらをかいた、剣鬼オベイル大先生という名の審判がいた。


「……なーんか、やべぇ気がすんぜ」


 オベイルがそう呟いた直後、リィたんは強烈な殺気を放った。

 狙いはそう剣鬼オベイル一直線。


「つぉ!?」


 殺気の突風とでも言えばいいだろうか。

 リィたんはオベイルを吹き飛ばすかのように、強い殺気を放ったのだった。

 俺は思った。そう言えば審判に殺気を向けちゃいけないルールはどこにもなかったな、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る