その450 ミナジリ共和国の番犬

「ワンリルッ!」


 一旦ミナジリ共和国に戻り、命名式という事でナタリーにもミナジリへ戻って貰った。

 そして今、ナタリーはフェンリルを【ワンリル】と名付け、ドヤ顔で指差しているのである。

 フェンリルもまさかこんなに小さなハーフエルフに名前を付けられると思っていなかったらしく、やや目付きは鋭いのである。


「こ、小娘……貴様、この私にそのような名を付けるというのか?」

「うん、だって可愛いもん」

「かわっ!? くっ! どうやらその命いらないようだな!」


 ワンリルが今にもナタリーに跳びかかりそうなその瞬間、俺は【呪縛】を発動した。


「おすわり」

「きゃうん?」


 置物の如く座ったワンリルを前に、ナタリーが俺に微笑む。

 そして俺は俺でワンリルに微笑んで言うのだ。


「まだ理解が足りてないみたいだな? ここはミナジリの領地で、お前はペット。それに、ナタリーにだけは絶対に逆らっちゃダメ」

「こ、このような小娘に一体何が出来るというのですか!」

「お前の調教だ」

「馬鹿な!?」

「とりあえず、ナタリーには逆らっちゃダメ。それ以外の事はナタリーに聞くんだな」


【呪縛】によりナタリーの安全を確保した上で、ワンリルの調教。

 野生で暮らしていたのだ、多少の無茶はわかるが、ナタリーの手腕にかかれば――、


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ナタリー様、次は何を致しましょう」

「ちょっと国境までおさんぽしようかしら」

「では我が背に」


 夕暮れまで掛かるかと思っていたが、ワンリルは二時間でナタリーの手に落ちた。

 日頃、ドゥムガみたいな屈強な部下たちをしごきまくってるからな。ナタリーなりのノウハウが蓄積されてるのだろう。

 因みに、炎龍はオベイルと共に法王国に入った。

 今頃、法王国は炎龍の話題で大変な騒ぎだろう。

 オベイルの隣にはイヅナもいるし、リィたんも向かったから大丈夫だろう。

 クルス曰く、法王国の郊外に炎龍とオベイルが住める土地を用意するとの事だ。

「ディザスターエリア攻略の報酬と考えてくれ」なんて言われたが、俺はほとんど得してないんだけどな。

 まぁこれでオベイルも法王国に居を構える事になるのだろう。顔を合わせる頻度も増えるのではなかろうか。

 夕刻になり、すっかり【ワンリル】という名前に慣れたであろう元フェンリルとナタリーが戻って来た。


「あれは何だ?」

「あ、ジェイルさん。フェンリルですよ。ウチの新しいペット。名前は【ワンリル】です。クロード新聞の号外にも出してありますよ」


 そういやジェイルにだけ【テレパシー】が繋がらなかったんだよな。

 きっと自分を追い込むような訓練をしていたに違いない。

 これはつい最近わかった事だが、【テレパシー】は戦闘中とか訓練中だと届かない事があるからな。


「……強いな」

「今のジェイルさんと同じくらいでは? 速度には向こうに分がありそうですけど」

「確かに」

「これで多少はジェイルさんも楽になるかと」

「何だ、ミナジリの武力を心配していたのか」

「心配する立場にいると思ってたんですけど?」


 俺は自分を指差しながら言った。


「そう心配するな」

「へ?」

「国の頭が頑張れば頑張る程、部下はそれに負けじと頑張るものだ」

「はぁ?」

「ラジーン、ドゥムガ、魔帝グラムス、イチロウ、ジロウ、シュバイツシュッツ、ランド、ダイモン、皆着実に実力を付けている。南西の【フリータウン】に棲み着いた元剣奴たちも強力だ。武力だけで言うならば、このミナジリ共和国は法王国に引けをとらない。いや――その均衡も今この時をもって崩れたかもしれない」


 言いながらジェイルはワンリルを見る。


「世界最強の武力国家ですか」

「無論、それだけではないがな」


 ニヤリと笑って見せたジェイルの言葉の意図は読めなかったが、確かに皆の武力は向上している。

 こうなると、闇ギルドの動きが気になるところだ。


「あ、ジェイルー!」


 フェンリルの背に跨がったナタリーがジェイルを見つけやって来る。


「ほらワンリル、この人がジェイルだよ」

「ナタリー様からお話は伺っております、この身に出来る事など限られてはおりますが、必要とあらばいつでもご命令を」

「よろしくな」


 ワンリルのこの豹変ひょうへんを見ると、ナタリーが将来シギュンみたくなるんじゃないか不安になってくるな。


「せっかくの休みに悪かったね、ナタリー」


 俺がそう言うと、ナタリーは首を軽く横に振って言った。


「ううん、ちょうどお泊まり会も終わったから暇してたし」

「何か変な気配とか何かおかしな事が起こったりは?」

「大丈夫。あ、でも……」


 ナタリーは少し歯切れそうに言う。


「ん? でも?」

「アリスさんってさ」

「アリスさん?」

「うん」


 まただ、聖女アリスもナタリーを気にしていたが、ナタリーも同じだとは。


「聖女なんだよね?」

「紛れもなく聖女だね。まだ力のコントロールは甘いけど、最近ようやく上手くなってきたよ」

「そっか、それなら大丈夫」

「何かあったの?」

「いや、ちょっとだけ気になる事があっただけ」

「これ以上聞くと怒る?」

「少しだけイライラすると思う」

「じゃあやめとく」

「うん」


 一緒に遊ぶし話すし、仲は悪くない。むしろ仲は良いと言える。だが、互いに互いを気にしている。これは一体どういう事なのか。ナタリーやアリスから曖昧な言葉しか出てこないのは、おそらく上手く言語化できないのだろう。

 さて、炎龍騒ぎも束の間、明日には法王国にもクロード新聞の号外が出回る。

 あちらはどんな反応をする事やら。

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