その428 シギュンの狙い

 直立不動のミケラルド君。

 くすりと笑い俺に近付く、神聖騎士シギュン。

 歩き方からして煽情せんじょう的。更に言えば、決して下品ではなく、高貴な存在感を保っている。そんな彼女が俺の隣を横切った。

 香る麝香じゃこうと、何とも言えない良い匂い。


「ふふふ」


 一体俺は、この後この美女にどんなイヤラシイ事をされてしまうのだろう?

 そんな期待と冷静と情熱とその間と高揚とワクワクとドキドキがムネムネして、集中が出来ない。


「先程のゲラルド君との戦いは見事でした」


 俺の後ろから聞こえるシギュンの声。

 口調を変えてきたか。さっきまでは「ゲラルドさん」だったのに、今は「ゲラルド君」ですか。ミケラルド君とか呼んでくれないものか。


「ルーク君は――」


 まぁ、そうですよね。

 俺がミケラルドだってバレちゃまずいもんな。


「――何故あの試合で手を抜いたのかしら?」


 おやおや? いきなり雲行きが怪しくなってきたぞ?

 言いながら俺の周りを一周し終えたシギュンは、その笑みを崩さぬまま真っ直ぐ俺を見た。そう、俺の全てを見透かすように。


「……シギュン様は、私があの試合で手を抜いているように見えた、と」

「ふふ、演技で女に勝とうとしちゃダメ。貴方の一挙手一投足は、全て嘘に塗れてる。それはもう清々しい程にね」


 どの口が言うんだ。とも思ったが、この口も言えないので黙っておこう。

 初戦の嘘吐き対決では俺が負けた。それだけの事だ。そして呼び方がまた変わった。彼女の中で距離を調整し、俺を取り込もうとしているのだろう。

 ふむ、とりあえず上手くかわしたいところだ。

 俺は小さくスンと鼻息を吐いてからシギュンに言った。


「ゲラルド殿は元王族。私が勝っては角が立つかと思い、手を抜きました。確かにここは聖騎士学校、言われてみれば手を抜く必要もなかったのかもしれません」

「それも嘘」


 二戦二敗の常敗元首とは私の事です。


「そのよく回るお口はどこで覚えたのかしら?」


 どの口が言うんだ。とも思ったが、この口も言えないので黙っておこう。

 もしかして俺とシギュンは似た者同士なのでは?

 ふむ、悪くないかもしれない。


「あらあら、こんな時に笑うなんて凄い胆力ね」


 おっといけない。

 さて、どうしたものか。

 ……ならば、嘘が駄目なら真実も交ぜればどうだろう。


「……余り大きな声では言えないのですが」

「ここには私と貴方しかいないわ。どうぞ話して」


 くっそ~……色っぺぇな。

 机の端に腰を預けたシギュンが「時間はたっぷりある」と言いたげに俺の答えを待つ。


「魔族対策ですよ」

「魔族?」

「えぇ、この聖騎士学校には、今生徒として魔族が侵入しています」


 直後、シギュンの表情がピタリと止まる。

 やはり、彼女はこれを把握していないようだ。

 とはいえ、俺もその正体を見た訳じゃない。人に化けられる魔族なんて、数が限られる。


「……その方の名前は?」


 シギュンが背の机にあった生徒名簿を取り、俺に聞く。


「【ファーラ】」

「ふ~ん、この子ね」

「奴の狙いがわからない以上、私も力を出し切れない……と言えば信じて頂けますか?」

「半分だけね」


 ちっ、流石に全ては信じてもらえないか。


「でもいいわ。貴方はどうやら生来の嘘吐きのようだしね」


 不気味で、妖しく、エロい。そんな笑みを見せたシギュンに背筋を冷たくした俺は、初めて彼女から目を反らした。

 ここにこれ以上いたら、篭絡ろうらくされそうだ。

 直後、シギュンは顔をずいと俺の眼前まで近づけた。

 上目遣いではない。これは、このゾワリとする感覚は――まずい。


「っ!」


 俺は咄嗟に後方へ跳びその視線を外した。


「あら」

「……私を惑わしてどうなさるおつもりで?」

「外されちゃったわねっ♪」


 誤魔化すようにぺろりと舌を出したシギュン。

 甘かったな、まさか催眠魔法以外にも手段を持っているとは。


「貴方はとても優秀。だから私の手駒として働いて欲しかったのだけれど……どうもソリが合わないようね」

「強引な御方ですね」

「そういうのが好きそうだけれど?」


 ちっ、バレてる。


「いいでしょう、やってもらう事はかわらないから」

「……どういう事でしょう?」

「そのファーラって子、貴方が監視しなさい」

「お断りします」

「……神聖騎士権限を以て貴方に命じる、私はそう言ってるのだけれど?」


 なるほど、聖騎士学校の絶対ルールを持ち出してきたか。

 魔力で駄目なら権力で、何とも手札の多い女だ。


「それをする事で、私に何の得があるのでしょう?」

「っ! 珍しいわね、聖騎士学校にいるのにも拘わらず聖騎士から遠ざかるような発言をするなんて」

「ご存知でしょうが、私の任務はルナ王女殿下とレティシア様の護衛です。この学校に求める事はあの方々の安全以外ありません」

「なるほどね、既にあの子たちの騎士ナイト様って訳ね。それじゃあ命令も無理か……残念」

「ご無礼致しました」

「いいのよ」


 あ、あの目は諦めてないな?

 まだ手があるような素振りに、俺は一歩後退した。


「じゃあ、命令ではなく『お願い』」

「……は?」

「私のお願いを聞いてくれたら、貴方にご褒美をあげる」


 魔力、権力ときて、ぺろりと舌を出し色仕掛け。

 俺は仮にも一国の元首である。一介の女の色仕掛けなんぞ、通じる訳もない。

 まったく、神聖騎士とはいうが、大した事がないようだな。


「やります」


 全人類の皆さま、大変お待たせ致しました。

 魔力にも権力にも屈さない男ミケラルド――色仕掛けには弱い系元首とは私の事です。

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